後藤プラネタリウム
写真工業82号に掲載されていた後藤プラネタリウムの図です。記事は4ページにわたり、本機と中型機、その他にステレオ観光望遠鏡が紹介されておりました。
カメラ誌には珍しく?このような光学機器が載っていて、少し興味をひきましたので紹介させていただきました。
おそらくはカールツアイス製のツァイスⅡ型プラネタリウムを踏襲したものと思われます。
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写真工業82号に掲載されていた後藤プラネタリウムの図です。記事は4ページにわたり、本機と中型機、その他にステレオ観光望遠鏡が紹介されておりました。
カメラ誌には珍しく?このような光学機器が載っていて、少し興味をひきましたので紹介させていただきました。
おそらくはカールツアイス製のツァイスⅡ型プラネタリウムを踏襲したものと思われます。
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上の画像が表紙の冊子には、土木建築を専攻している工業高生が学習する程度?の使い方や点検などの説明が記されています。
30年近く前の冊子ですが、内容は現在も同様の機器が使われているでしょうから、それほど変っていないのではないかと想像しています。
下はその中にあったセオドライトの各部名称とその使い方を簡単に記したものです。

土木や建築関係者には馴染みの深い物ですが、一般にはあまり使うことは無い機器です、しかし、中古品で検定?を受けていない機器がオークションなどで安く出ていたりしますので、チャンスがあれば、これを入手して、ちょっとした望遠鏡代わりにしてみようかと思っています。
でも、少しゴツすぎますかね・・・
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日本光学四十年史にあった戦後10年間の平均賃金のグラフです。

終戦後の日本光学の業績、経済情勢、特にインフレーションの影響が大きく右肩上がりのそれもかなり急な上がり方のグラフです。
四十年史によると、昭和21年暮れから23年10月までは物価スライド方式によりほとんど一直線に上昇しているが、23年暮れ頃からは闇物価が頭打ちになり、生産スライド制への切り替えもあり、ジグザグの上昇を続けているとあります。
これらジグザグの谷間の多くは人員整理反対や賃上げ、労働時間短縮へのストライキの影響やニコンSからS2へといった主要製品切り替えの影響だということです。
因みに昭和32年発売のニコンSPは発売時F1.4付きで98000円程でしたので、同時期の日本光学社員平均賃金4か月分で購入出来た計算になります。かなり高価なカメラだった事がこれからも分かりますね。
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外見上接眼部から対物レンズまでの光軸が直線に見える、現代的なダハタイプの双眼鏡が日本光学で登場したのは以前Hラインとして紹介しました物が初だったと思います。
しかし、ダハプリズムを使っていた双眼鏡自体は意外と古く、昭和24年に出たミクロン6x18がありました。
こちらも以前にミクロン双眼鏡を紹介したおり少し記しましたのでご存知の方も居られるかと思います。
これは一見するとポロプリズムタイプの双眼鏡に見えますし、プリズムによる光路も現代のものとは随分違っているようです。昭和30年代半ば頃までの10年間以上現行品でしたが、高価だったのでしょうか?あまり見かけません。

主な仕様:倍率6倍、対物レンズ有効径18mm、実視界7度、射出瞳径3mm、重量175g、幅10cm、高さ6.3cm
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日本光学四十年史にあった特許の一覧のうち、戦後のものを紹介します。

戦前、戦中時の特許には時代を反映して、秘密特許がいくつか含まれておりましたが、戦後は民製品を中心としたものがほとんどを占めています。
発明者の欄を見ますと、雑誌などの技術資料の執筆者と同名の方が何人か居られます。
昭和31年のフォーカルプレーンシャッターに於ける閃光同調装置なんて、ニコンSPやFのシャッターダイヤル同軸上に組み込まれたセレクター関係かな?とか、昭和23年末の小型フォーカルプレーンカメラはニコンI型かな?しかし、発売後の特許申請も無理があるかな?などカメラ関係、レンズ関係での特許の時期からどのようなカメラ、レンズ技術へフィードバックされたかを想像するのも楽しいですね。
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日本光学のひかり小屋を皆さんはご存知でしょうか?

「光友」昭和17年165号にあった、新ひかり小屋落成を告知した記事です。
ひかり小屋とは75年史によると昭和15年10月(四十年史では11月)に東京府西多摩郡五日市町の秋川渓流沿いに開設されたレクリェーション施設で、こちらは17年落成の増設された新館です。
これらは太平洋戦争勃発後は心身の練成道場としての性格を強め、日本光学秋川道場と呼ばれるようになったそうです。
画像は間取りのスケッチと完成した新ひかり小屋の写真だと思われます。
生憎記事詳細の載っている次号(166号)は持っておりませんので、詳しいことは不明ですが、建坪は旧舘が57坪、新館は83坪、戦中戦後の荒廃を補修し昭和30年代に年間利用者が1200~300名に達したと四十年史には記してありました。
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興和株式会社のカメラの話題ついでと言っては何ですが、下の広告によると世界最初のEE一眼レフカメラも興和のカメラということらしいです。同時期にニコンオート35が日本光学でも出ていますので、わずかな差だろうと思います。
(写真工業1963年11月号より)
コーワのカメラはオーソドックスな物というよりは、独創的で比較的安価なカメラを出していたという印象を持っています。特に先日のスーパーワイドや、レンズシャッター一眼レフに超広角19ミリを付けたコーワUW(ウルトラワイド)といったものが有名ですね。
軍艦部をみましてもシャッターレリースボタンと巻き戻しクランク・ノブだけ、レンズ基部をA(オート)にしおけば、ピント、構図を決めてシャッターボタンを押すだけといった簡便さをアピールしているように受け取れます。
また、普段から胃腸が弱いので、毎日興和のキャベジンSという胃腸薬を服用しておりますので、個人的には、馴染みは深い会社です。
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コーワSW(スーパーワイド)の写真工業1964年8月号に掲載された技術資料です。


このカメラは現在は銀塩カメラの中古価格が低迷しておりますので割合買い易くはなっておりますが、その中では高めの人気機種ですね。それは広角28ミリレンズを付け、ケプラー式の凝ったファインダーでシンプルなデザインなのが人気の原因の1つだろうと思います。
また、あまり数も出なかったようで、特にブラックボディは珍品で高価に取引されています。
ただ、このファインダーは凝っているのですが、裸眼での使い勝手はあまり宜しくなかったようで、「細いパイプの先からのぞくように、少しでも角度が外れるとファインダーがかくれる。ただ、あまり眼を近づけずにのぞくと見える角度がひろくなるので、眼鏡をかけた人のほうがかえって見やすいというのも面白い。」とこれには評されていました。
さて、このカメラは当事では超広角の部類に入れられた?28ミリレンズを付けていて、価格が23500円と当事のFマウントニッコール28mmF3.5の価格25000円より安いのです。因みにニコンS系用2.8cmは19500円でした。
当事、私が28ミリレンズを好んで使っていたなら、もしかしたら、このコーワSWを専用機として購入していたかもしれません。
余談ですが、(実のところあまり使ってはいませんが)現在は28ミリ専用機としてニコンミニを使っています。
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