ニコンの広場 ニッコールオート180mmF2.8
ニコン新聞1973年12月号最終面、「ニコンの広場」はニッコールオート180mmF2.8でした。
明るく各収差も良好に補正してある為、室内スポーツや舞台撮影に最適と宣伝し、フェンシングを作例にしています。
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コメント
300mm/F2.8が市販される前は、このレンズが週刊誌などのポートレート撮影の常連でした。70年代前半の大手化粧品会社のポスターもこのレンズが活躍の場。舞台撮影専門の知人もこの180mmで撮影していました。
投稿: しんじ | 2013年11月28日 (木) 22時55分
●いつも楽しく拝見しております。●素朴な疑問なのですが、このレンズは何故200mmではなかったのでしょうか?
投稿: ふみとパパ | 2013年11月29日 (金) 00時18分
私の主要レンズの1本です(と言ってもAi-sですが)。一時35mmF2と180mmF2.8sの2本で90パーセント以上の撮影をこなしていました。
取り回しやすさと、決まった時の空気感は何ともいえません、今でも愛用しています。
ふみとパパさんへ
勝手な憶測ですが200mmになるとサイズ的に厳しかったのではないでしょうか、Ai-s200mmF2というばかでかいレンズもありましたが。
投稿: F3がすきさ | 2013年11月29日 (金) 20時47分
連投申し訳ありません
ふみとパパさんへ
良く考えてみると、キヤノンとペンタックスには200mmF2.8が在りました。
オリンパス、ニコン、コンタックスは180mmF2.8ですね、20mmの違いは何なのか謎が深まるばかりです。
投稿: F3がすきさ | 2013年11月29日 (金) 23時18分
このレンズの歴史は古く、コンタックスが1936年のベルリン・オリンピックに合わせて登場させています。
1950年代初めには、モデル・チェンジがされています。
ニコンのこのレンズが登場する前は、ニコンSシリーズの時代にコンタックスのこのレンズを意識して、180ミリF2.5として登場しており、この時代のレンズとしては焦点距離が長く、F値も明るかったため、N-Fリング(この後はBR-1になります)を使って、ニコンFの時代になっても使われましたが、自動絞りではありませんでした。
自動絞りのこのレンズが登場した時の、プロのカメラマンが喜んだ顔が浮かびます。
そしてしんじさんの書いてある通りの使い方がされました。
キヤノンでは人工蛍石の実用化、ニコンではEDガラスが登場するまでは、光収差の影響を受けず、シャープな像を結ぶのは135ミリが限界とされていましたから、180ミリは光収差の影響を最小限して大口径のF2.8を得る、ギリギリの焦点距離だったのではないでしょうか。
私もそうですが、自分の撮影スタンスが決まると、そのレンズで作画するので、180ミリF2.8で仕事をしていたカメラマンのために、EDガラスを使用したAi-Sの時代まで供給したのは、ニコンらしいですね。
投稿: ガタピシ | 2013年11月30日 (土) 17時21分
●F3がすきささん、初めまして。●昔のノクトは焦点距離が50ミリではなく58ミリであったり(最新の「平成のノクト」も同様ですね)、性能の追求、フィルタ径72ミリの制約なのかなと思うのですが、実は有名劇場での舞台撮影や国技館での相撲撮影では200ミリより180ミリだとどんぴしゃりという場合でもあるのかなと思った次第です。同様に中望遠の105ミリも100ミリでも(シリーズEでありましたが)いいような気もしますが、これより短い85ミリは絶妙なんですよね。80-200ミリで80ミリにするよりちょいテレ側が便利だったりします。
投稿: ふみとパパ | 2013年11月30日 (土) 19時45分