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外国語のカタログ ニコンF2時代のカメラ総合

1972年ころの英語版カメラ総合カタログです。
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NikkormatFTnやCaiypso/NikkorIIといった海外でのカメラ名称が使われている事や複数の海外現地法人名が載っている事から米国やヨーロッパ向けに広く作られたカタログだと思います。

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コメント

当時は米ソ連戦の時代。
歴史的に見て世界の富と力はアメリカが中心だったため、ヨーロッパ向けも英語が中心だったのでしょうか。

ニコンを購入できる人は中産階級の豊かな人たちであったので、英語版があれば十分だったのでしょうか。

F2の時代になった頃ですが、それでもまだ欧米先進国ではニコンを持った眼鏡をかけた東洋人をみたら、日本人と思え。とゆうような話が生きていました。

今、思うとF2の時代になって海外旅行が自由になってはいましたが、日本も新興国。海外旅行もいまみたいに自由にできる人は少なく、写真を趣味として腕の良い技術者が会社の仕事として西側先進国の先端の製造工場を視察したさいに撮影するために行った人が多かったからなのかもしれません。

今はどこの国でもそうだと思いますが、工場内カメラ持ち込み禁止。いまカメラ機能を持った携帯、いまはカメラ機能の付いたスマホもそうだと思いますが、電話なので持ち込み禁止にはなりませんが、レンズ部分には撮影できないようにレンズを痛めない特殊なはがしやすい赤いテープを貼らなくてはならないそうです。

今では笑い話にしか感じない世代が多いと思いますが、カメラではまだFの時代、世界で初めて太平洋をヨットで横断に成功(それまで失敗続出)、しかも単独で成功とゆう快挙を成した堀江謙一氏。今はもういい歳ですが(またヨットで世界一周に出てるようですが)当時は若い青春の真っただ中でしたが、当時は海外に行くのも不自由で誰でもがパスポートを発給してもらえない時代で、外貨の厳しい持ち出し制限まであり、「ヨットで太平洋横断?」でパスポートなしの不法出国。強制送還覚悟で行ったのですから。

ニコンを持つことの当時のステータスを感じていただけたら、幸いです。

投稿: ガタピシ | 2012年11月10日 (土) 10時29分

もう一つの可能性忘れていました。
英語圏の文法はヨーロッパの言語は同じなので、写真のレイアウト以外の文章の所を各国の国語に直しても文章のレイアウトの変化はそうないと思います。

私は撮影旅行で自炊するストーブはスェーデン製のソロ用のものですが、購入した時は日本語の使用説明書はなく、スェーデン語?、英語、フランス語、ドイツ語の四カ国語が使用説明の写真の脇に並んでいたように思います。文章の長さは文法が同じなので、文章の長さはほぼそろっていたように記憶しています。
いまはちゃんと輸入元が日本語の使用説明書を付けていますが。
英語の部分は中学の英語ができれば、分からない言葉だけ辞書引けば読めます。

英語のサビ落としはこうした好きなものからすると入れば簡単なのではないでしょうか。
会話にしても英語を国語としていない国の人だと、私でも理解はできますが、話すのは語彙が少ないので出来ませんが。

投稿: ガタピシ | 2012年11月10日 (土) 22時06分

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