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プロが組んだNewF-1 野村誠一

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ニコンF3のライバル機、キヤノンニューF-1でもF3の有名写真家や著名人のF3と言ったシリーズ広告同様に、「プロが組んだニューF-1」というTHE CONCEPTシリーズ広告が出ておりましたので、覚えている方も多いかと思います。

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コメント

 キヤノンはNew F1でとにかくニコンの牙城を崩そうと躍起だったのですね。ファッションのように、「こう組んだらいかがですか?」というコンポを示して。
 自分も、デジタルになって、ファインダースクリーンを交換しなくなりました。昔はいろいろとコンポを組む楽しさがあったのですね。

投稿: しんじ | 2011年10月 7日 (金) 00時49分

カメラより隣の故堀江しのぶ嬢に目が行ったのは何人いるんでしょうか?

今も昔もカメラの購入動機に女性は欠かせませんね。(笑)

投稿: 空歩人 | 2011年10月 7日 (金) 07時07分

35ミリのカラー原稿がコダクロームの縛りがあった時代のキヤノンのFDレンズは好きでした。いまでも好きですが。

この頃、キヤノンサークルに所属していたので、探せば会員誌に詳細なテクニカルレポートが載っていると思います。

ボディーとレンズの信頼性はニコンですね。
キヤノンのシステムのモノクロ用のサブにニコンS2も使っていましたが、ニコンS2はいまもトラブルを起こさないタフさがありましすが、旧F-1はトラブリ修理出しました。
使おうと思ったら、いま抱えているトラブル解決したら関東カメラサービスにOHに出したいと思っています。

ファインダーが後期型の余り使われていない646Fなどは手にすると新品時の硬さがいまでもあります。

投稿: ガタピシ | 2011年10月 7日 (金) 08時30分

NewF-1のカタログ見ていて思いだしたことがあります。

時代的にはニコンFの時代ですが海外で眼鏡をかけてカメラを持っていれば日本人だ。とゆわれていた時代がありますが、途上国のクセにニコンFなんて持ちやがってとゆう、ヤッカミと皮肉が交じった響きを感じます。
この頃、海外へ行くのにはドルの持ち出し制限もあり誰もが自由に海外に行ける時代ではありませんでした。

眼鏡をかけてニコンFを持っていたら、日本人だと海外でゆわれたのは、技術者が海外の工場視察に行って生産ラインなど生産設備の撮影をするためだったのだと思います。
どうせジャップのサル真似で、俺たちに追い付くのは早いぜ。それなのに俺たちでも手に入れるのが大変なニコンFなんか持ちやがってとゆう響きがあります。

いまでは日本も工場へのカメラ持ちこみ禁止。携帯にもデジカメ機能があるので、撮影できないように携帯のレンズ部分にレンズを痛めない赤いテープを張らなくてはならなくなったのですから時代は変わりました。

ニコンのような高級機をジャップみたいに首に下げたいとゆうのは、彼らの願望であったようで、日本がサミット参加国になった頃だったでしょうか、当時学生だった友人が撮影の帰り、電車の接続が悪く小一時間の時間があったので、ホームの木製のベンチでAE-1と旧F-1とFDレンズの手入れをしていたとき、たまたま旧F-1の手入れをしていたとき、サミット参加国の人で、国ではかなり地位のあると思われる人が家族連れで、当時発売されたばかりのピカピカのNewF-1を本革のピカピカのNewF-1用のカメラケースに入れて得意げに首から下げていたのを見たそうです。彼らもしたかったんだなと思ったそうですが、目が会ってしまいお互い驚き、双方かなりのカルチャーショックを受けたと話を思い出します。

友人はNewF-1新品で購入できる裕福さに圧倒され、相手の方はなんでこんな若造がこれだけのキヤノン・システム持っていることにショックを受けたようです。

投稿: ガタピシ | 2011年10月10日 (月) 09時12分

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