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宣言 はじめての手持ち6×7。

67s
マキナ67の広告です。
このカメラ、コンパクトに収まりますし、装着されているニッコールレンズも評判は良かったですね。重さも、ニコンF2フォトミックにF1.2の標準レンズを付けた程度で、距離計連動、露出計内蔵と使い易く、今でも人気のある中判カメラの1つです。

*:プラウベルマキナ 67の仕様

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プラウベル・マキナ67シリーズは、蛇腹式のレンズ付前板を収納すれば薄くコンパクトになるフォールディング式の距離計付中判カメラでした。
蛇腹使用だったこともあり、固定装着のニッコールレンズとのマッチングも良く、その描写性能は素晴らしくて定評がありました。
私も欲しい中判カメラだったのですが、現行品の時代でも高価で手が回らず入手できませんでした。
製造中止後は中古市場でも数が少ない上に人気が高く、相場は元の定価以上になったりしてますます縁遠くなってしまいました。現在でも相当に高価ですね。

日本のドイ・グループ(創設者で社長の土居君雄氏)のドイ・インターナショナルの買収で復興したと言えるドイツの名門カメラメーカーだったプラウベル(PLAUBEL)ですが、6×7cm判カメラの試作品や製品には以下のようなものがありますね。

・マキネッテ(Makinette):1976年に発表の6×7cm判カメラの試作機
ドイツ側で設計製作されたとのことですが、土居君雄氏が納得せずに製品化はされず、以後は開発も日本側で行うことになりました。
往年のMakinetteの名称を使ったこの試作品の写真を発表当時にカメラ誌で見ましたが、変わった構造の距離計ファインダーだなと思ったものです。

・プラウベル マキナ67(PLAUBEL Makina67):1978年発表、1979年発売
これは今回取り上げられている復興プラウベルの最初の製品となった6×7cm判カメラで、NIKKOR 80mmF2.8(4群6枚構成)付でした。
ボディ部分の設計は当時の小西六(コニカ)の内田康男氏で、当初のカメラ製造は当時の(株)コパルの子会社のコパルコーオン(株)により行われましたが、1981年からは当時のマミヤ光機に替わりました。

・プラウベル マキナ67W(PLAUBEL Makina67W):1982年10月発売
プラウベル マキナ67の広角レンズ装着版で、WIDE NIKKOR 55mmF4.5付です。
生産台数は約3,500台程度で数がすくなく希少品化しているようです。
この67Wモデルからボディの外装表面には凹凸の横溝がある新しい外観デザインに変わりました。

・プラウベル マキナ670(PLAUBEL Makina670):1984年発売
ボディの外観デザインは67Wと同様です。装着レンズは67と同じNIKKOR 80mmF2.8です。
フィルムは120と220フィルムが切り替えで使用できるようになりました。

しかし、1984年3月のマミヤ倒産によりマキナも大きな影響を受けて、1986年には生産停止になってしまったのは残念なことです。

ところでPLAUBEL makina67は、35mm判のAGFA OPTIMAシリーズにフォルムがよく似ていますね。
大きさは違いますが、ほとんど相似形の感じです。外観デザイナーが同じという話を聞いてなるほどと思いました。

投稿: MARK12 | 2011年6月 2日 (木) 20時42分

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