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シングルフレームは2倍撮れます

昭和34年6月の写真工業裏表紙のコニカIIIMの広告です。
3ms
コニカIIIMは35ミリのいわゆるフルサイズ画面では2回巻き上げ、シングルフレーム用マスクを嵌めると、1回巻き上げとなり、ハーフカメラとして普通に使えました。ただし、大口径レンズが付いている事や、露出計との連動など備えている事もあり、このクラスのカメラとしては高価でした。
因みにキヤノンPは50mmF1.8付にキヤノンメーターを付けて51700円、ニコンFは5cmF2付で67000円でした。
また、コニカIIIM同様のレンズシャッター機で連動露出計付では、マミヤ35オート・メトラが48mmF1.9付で26800円、ロードSEが40mmF1.9付で24800円となっていました。

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コメント

コニカのレンズ好きです。
コニカのブランド力が落ちたのは、一眼レフの時代になったとき、それまでのコニカブランドに見合ったあったボディーが創れなかったことでしょうか。

うかつな話ですが、写真用品を出していたチェリーって会社、小西六の関連会社だったことを最近、知りました。

投稿: ガタピシ | 2011年3月 2日 (水) 18時51分

コニカはⅠ型(3.5) ⅡB(2.8) Ⅲ(2)を持っていましたが、現在はⅢ型のみ所有です。
レンズ交換式はARマウントからレンジ機のKMマウントへ変更しました。

コニカⅢMですが、シャッターチャージは1巻き上げで完了するのですね。考えてみるとハーフ判でも使えるので当然ですね。
通常のⅢ型、ⅢAでも一回目のレバー操作でシャッターチャージされるとすれば、ハーフ判への改造も可能?(やるつもりはないですが、汗)

投稿: しんの字 | 2011年3月 2日 (水) 23時42分

1959年3月発売のKonica ⅢMは、Konica 3(Ⅲ)シリーズの最終機で、SEIKOSHA-SLVレンズシャッター付のHexanon 50mm F1.8レンズは優秀で、ヘキサノンレンズの最高傑作と評価する向きもあります。
Konica ⅢMは、コニカ初の露出計内蔵機で、軍艦部に蝶番・折りたたみ式のセレン光電池の受光部を備え、ボディ前面にある定点合致式の露出計を動作させていますね。
又、フィルム装填前に付属のシングルフレーム用マスクをフィルムレール上に装着することで、ハーフサイズ撮影も可能となりました(この場合は、チャージレバーの押し下げが2回から1回に変わりますね)。
その等倍ファインダーは、採光式ブライトフレーム式で、撮影距離によるパララックスと画角の両方を補正するために動く大変ユニークな機構を持っていました。
Konica Ⅲシリーズの「招き猫」とも揶揄されるボディ前面の押し下げ式のチャージレバーも大変ユニークな機構ですね。


チェリーブランドの写真用品を販売していた(株)チェリー商事の前身は、小西六写真工業(株)の子会社だった(株)六和ですね。
1987年の写真用品&映像ショーカタログを最後にチェリー商事の名は消えてしまいましたが、コニカに吸収されたのかもしれませんね。
チェリーブランドでは、カメラバッグや三脚、写真用品等がありましたが、後年にコニカブランドのちょっと値が張る自由雲台を買ったことがあります。
それは元のチェリー系の流れのものだったのかもしれません。

チェリーと言えば、小西六右衛門(杉浦六右衛門)の小西本店が設立した六桜社が発売した国産初の市販カメラが「チェリー手提用暗函(箱)」でした。
桜、チェリー、六などの言葉は、小西六やコニカと繋がりが深いですね。

投稿: MARK12 | 2011年3月 3日 (木) 22時03分

調べごとをしていて、たまたま立ち寄らせて頂きました。写真の世界がデジタル化によってこんなに大きく変化するとは、四半世紀前と比べると隔世の感があります。(レコード、電話、見回してみると技術革新によって変わったものは実はたくさんありますが。)チェリー商事、87年秋、親会社の小西六写真工業が社名変更したことに連動して、子会社の特約店(チェリー商事、小西六商事、その他関連販社の多く)がコニカの名前を社名に付けたことによると思います。レンズは定評があったと思います。(コンパクトカメラに関しては、その当時でもユニークな発想のもと、まだ面白いものがありました。)

投稿: hirokun | 2011年6月 7日 (火) 20時48分

shadowネット検索で辿り着いたので、今頃ですが、コメントを。元「チエリー商事」社員です。一時期は、この写真用品の開発にもかかわりました。当時の社員でさえ、よく間違えていましたが、「チェリー」では無く、「チエリー」なんです。それだけですが・・・。この会社はその後、社名変更・合併をし、チエリー商事→コニカ販売→コニカマーケティング→コニカミノルタマーケティング→DNPフォトマーケティング→DNPフォトルシオと続いています。もっとも、この頃からずっといる社員なんて、もう、定年でしょうが(笑)。

投稿: | 2013年5月12日 (日) 17時00分

先ほどの続き(おまけ)。そういえば、「チエリー商事」の親会社は「小西六写真工業」と「日本光学」でした。小西六写真工業がコニカに社名変更した時に100%コニカ出資の会社になっています。

投稿: | 2013年5月12日 (日) 17時07分

上記5月12日に書き込まれた方へ

チエリー商事からコニカ販売~コニカミノルタマーケティング~DNPフォトルシオに至る変遷のご説明ありがとうございます。参考になります。

又、チエリー商事には小西六だけでなく日本光学の資本も入っていたのですね。
これで昔、日本光学の製品の卸売業者(特約店)に浅沼商会、近江屋写真用品、樫村に並んでチエリー 商事が入っていた理由が判りました。

投稿: MARK12 | 2013年5月13日 (月) 20時51分

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