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辰年のオフィシャルカメラ ―東京からソウルへ― ニコンの軌跡11

11446s(光友446号より)

日本の報道関係のカメラマンの機材がニコンへシフトする速度が加速した切っ掛けのエピソードが簡単に紹介されています。

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コメント

外国から評価されてとゆうより、写真を印刷原稿にする周辺機器が日本より外国の方が進んでいたとゆう現実もあったかもしれません。

この後、35ミリがカラー原稿に使われるようになったのは、スキャナーの発達がありますが、フィルムはコダクロームK-Ⅱに限られていましたし、カラー原稿に使うための洋書を古本屋で見つけたこともありましたが、慢性的な金欠病で手に入れられなかったのを思い出します。

投稿: ガタピシ | 2010年12月29日 (水) 11時43分

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