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ハイスピードモータードライブMD-2?

初期のニコンF2カメラ店向け資料にはモータードライブシステム説明部分に当初から市販予定である最高秒5コマのモータードライブMD-1の他に、秒7コマのMD-2も用意されていると明記されていました。(赤の下線部分)
Mds
皆さんご存じのように、この秒7コマのハイドラMD-2は実際には発売されず、MD-1の改良モデルとして1974年9月に登場しました。
このカタログ発行の頃(1971年冬)、(翌年初めにはサッポロオリンピックが行われる為に、)既にニコンF用の秒7コマ版ハイドラが報道向けに用意されていましたが、新たに新機種であるF2用のハイドラも開発、準備していたのかもしれないと想像を膨らませてしまいました。これまた、想像ですが、キッチリと調整した専用のボディと専用のモーターで秒10コマを実現したMD-100付きののF2ハイドラは、ハーフミラーを採用しミラーアップを不要とした物でしたが、この秒7コマの仮?MD-2は通常モデルへ付ける想定のように思われますので、強力なモーターとバッテリーにより回転数を上げた物で、当然ミラーアップしての撮影が条件ではなかったかと思っています。

もし、このMD-2が報道向けサッポロモデルとしてでも登場していたなら、発売間も無いF2の宣伝効果も大きかったのではないかと思ったのですが、信頼性?耐久性?使い勝手?いろいろな疑問符が考えられますが、結局はニコンF用の秒7コマのハイドラのみの登場でした。また、モントリオールオリンピックの時にもハーフミラー採用のニコンF用秒9コマのハイドラとなり、先のMD-100付き秒10コマのF2用ハイドラは78年まで待たねばなりませんでした。

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55回目の夏 「ニコンの軌跡」4より

ニコンの軌跡4回目には昭和8年5月の光友より大井新工場竣工の写真が載っていました。
これは、現在の株式会社ニコン大井製作所101号館で、この記事にもありますように、関東大震災クラスの地震の倍程度の規模でも耐えられる強度設計がなされているようです。
4439s


Photo
大井工場新築披露の際、関係者に配られた記念品の画像です。
以前に、ネットオークションでこれが出品され、数万円以上の値で落札されたのを覚えています。
珍品ですので、欲しかったのですが、競り負けてしまいました。


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昭和44年頃のネガカラープリント代

これは昭和44年頃のカメラ店などがカラープリントを注文する際の仕切り価格の早見表です。
1969s
この頃はフィルム代は勿論、現像やプリント代も決して安いものではありませんでした、記憶があいまいですが、まだ、同時プリントといったようなフィルム現像した全ての焼き付け可能なコマをプリントするような行為は、まだまだ、一般的では無かったと思います。

因みに、これを参考に、(当時はE判が多かったのですが、現在はL判に馴染みがありますので)L判で35枚プリントしますと仕切りで2205円ですから、注文したお客さんは2300~2500円程度は支払っていたと思われます。また、36枚撮りネガカラーフィルム現像代も加え、いわゆる同時プリントと同じ条件にしますと、恐らくは2400~2700円くらいはかかってしまったでしょう。
一方モノクロは、この頃、カメラ店が自宅で現像し、焼いていた所が多く、価格にばらつきはありましたが、おおよそL判程度で1枚20円程度はしていたのではなかったかと思います。

4つに伸ばしたものではなく、アルバムに貼る写真ですら、この価格ですから、現在ですとその2~3倍程度の価格と言えそうですので、昭和40年代に入っても写真趣味はお金が掛かるものであった事が、この面からも分かるかと思います。尤も、いわゆるサービス判など、近年では機械による自動化での低価格化による恩恵が大きいので、手焼きでは価格差はもっと縮まるとは思います。

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少し紛らわしい名称かも (New) PCニッコール35mmF2.8とPCニッコール35mmF2.8(New)

以前にニッコールオート時代のPCニッコール35mmF2.8を紹介しました、これはニューニッコール時代にその意匠を若干変更したもので、言わばマイナーチェンジです。
Newpc35mmf28s
また、名称はやや似ていますが、こちらはその後継となる新設計のPCニッコール35mmF2.8(New)の仕様などです。
Pc35mmf28new_s
こちらは鏡胴設計や光学系の見直しをしたフルモデルチェンジと言えます。

しかし、名称だけ見ますと、「New」の位置が違うだけの似たもので、紛らわしい気もしますが、これらレンズを間違って買ってしまったという話は聞いた事がありませんので、当時としても問題は無かったのでしょう。

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人間の感覚を大切にした Nikomat EL

ニコマートELの広告です。
1s

個人的には、広告の画像は落ち着いた雰囲気が出ていて好みですが、自動露出の宣伝文句がやや目障りな印象です。もう少し、小さな文字で地味に仕上げて欲しかったところです。

当時、このELが標準F1.4付きで86500円、ニコンF2フォトミックがボディのみで82200円でした、価格設定は結構バランスがとれていたと思います。
話が横道に逸れますが、私個人の当時の経済事情を加味した金銭感覚では、ニコンF2フォトミックSと標準F1.2、スピードライトSB-2を揃えるのは、現在ですと、D3Sと標準F1.4、スピードライトSB-900を揃えるのに近いのかな?と思います。また、ニコマートELに標準F1.4付きはD700のレンズキット付きくらいでしょうか。
それから見ると、ニコンD3100とかD5000はかなりお買い得な感じがします。D3100を買う感覚は30数年前では、スピードライトSB-2やベローズPB-4を買うくらいな気軽さです。これらはあくまで個人的な感覚ですので、実際の貨幣価値、金額の比率から言ったら隔たりがあるかと思います。

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コマ間データバック うんちくばなし17

トップアイ連載コラムうんちくばなし17回目はニコンカメラとしては初のニコンF3用コマ間データバックMF-18に関するものでした。
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ニコンF2のロゴ

F26s
ニコンF2と同フォトミックのロゴ各5サイズをまとめたものです。
因みに、私は、自作ステッカーやアイロンプリントなどの素材に活用しています。

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ニッコール300mmF2.8とオート400mmF5.6

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1s
ニコンF2の販売店向け店頭用?カタログに載っていたFマウントニッコールレンズの画像部分です。
これにも、初版及び2版カタログ同様に発売日未定で6mmF2.8魚眼、300mmF2.8やEDレンズ採用?のオート400mmF5.6、レフ2000mmなどが載っています。違いは一般向けカタログでは単純化した横からのイラストでしたが、こちらは実物を写したと思われる画像で、より具体的な事です。いわゆるサッポロサンニッパの画像が店頭用とはいえ、一般向けに出たのはこれが最初ではないでしょうか。


300mmf28(300mmF2.8のレンズ部分、1/3段の目盛が付いたプリセット?絞りが距離環より先端に付いているのが良く分かります。)


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ニコンF2 EEコントロールアタッチメント モックアップ その2

以前にニコンF2 EEコントロールアタッチメント モックアップを紹介しましたが、新たにそれまでの中間と思われるタイプの画像を発掘?しましたので、紹介します。
Sds1s(セールスマニュアルより)

この画像には標準レンズの絞り環からマウントへかけての部分が黒い筒状になっており、それに一部ギヤのような物が見られます。これが絞り環連動の作動部と思われ、以前の絞り環との連動系が見られなかった初版時の物から少し進んだ事が伺われます。
こうやって見ますと、結構開発時の試作品?を最新のカタログに取り入れていたようで、変遷を見られて面白いですね。

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ニコンのできるまで

随分以前ですが、「ニコンF2のできるまで」の画像部分を紹介しました。今回はそれを含んだ全14頁を紹介します。
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14s(写真工業社昭和49年5月臨時増刊ニコンテクニカルマニュアルより)


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人気も笑顔もピカイチです。

ベタなコピーな感がしないでも有りませんが、当時の人気ドラマ「澪つくし」の主役をやっていた女優さんですので、確かに人気もピカイチだったのかもしれません。しかし、カメラは果たして人気がピカイチであったかは販売台数が物語っているかと思います。ニコンピカイチL35AFが約1453000台、オートデートの付いたL35ADが約382000台でした。


198512s1985年秋頃の広告、保存が悪くカビてしまいました。


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「光友タイムス」から「光友」へ   「ニコンの軌跡」3より

3438s(光友438号より)
日本光学(当時)社内報光友の表紙見返し部分の記事「ニコンの軌跡」3回目は過去の光友に関する記事でした。
以前に2回ほど社史からの光友に関する部分を紹介をしましたので、そちらも参考にして見て下さい。
機関紙「光友」
機関紙「光友」 四十年史資料

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ニコノス・カリブと圧力

43s
上は、水中撮影可能なニコノスとカリブには、外圧の影響によるボディの歪による影響を避ける為に2重構造となっている事などの説明です。
なお、このコラムはニコン新聞からのものですが、同様内容のものはトップアイコラム「うんちくばなし」にも載っていました。

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テレ・コンバーターTC-14の兄弟

以前にテレコンバーターTC-14を紹介しました、これには後継モデルがいくつかあり、それぞれにTC-14AS、TC-14BS、TC-14CSと型番が振られました。
それぞれには、主に焦点距離が200mm以下のレンズ用のTC-14AS、主に焦点距離が300mm以上の望遠レンズ用のTC-14BS、Ai300mmF2S専用の14CSとなっていました。TC-14CSは光学系は14BSと同一ですが、大きく重いサンニー用に鏡胴が強化されているようです。

さて、余談ですが、下の適応表は初代TC-14の物ですが、これには適応レンズの抜けがあります。
それは135mmF2.8で、このレンズは後玉がマウント面より入り込んでおり干渉しませんし、ケラレも生じないようです。こういったレンズの抜けや間違いが当初はいくつか見られ、確か1982年5月以前のニッコールレンズカタログでの適否では180mmF2.8が可であり、135mmF2.8は否でした。これらカタログを見て180mmとTC-14を組み合わせて使うと、レンズが干渉し傷を付けてしまう恐れがあった訳です、永い間放置されていましたので、もしかしたら実際に傷を付けてしまった方も居られたかもしれません。とはいえ、私個人の見解では、慌て者で無ければ、気がつくような気もしますが・・・・
2s


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日本光学の誕生 岩崎小彌太氏と和田嘉衡氏の役わり 「ニコンの軌跡」2より

先日の「きょうからニコン」や「藤井光蔵氏の懐旧談」に次いで少々無理やりですが、関連のある話題と言う事で、こちらを紹介します。
2437s(光友437号より)
こちらに出てくる岩崎小彌太氏は日本光学設立に尽力し、近年話題の岩崎彌太郎氏の弟の岩崎彌之助氏の長男で、「岩崎小彌太物語」を見ていただくと人となりが分かっていただけると思います。
また、和田嘉衡氏は和田計器製作所(後の東京計器)の創設者で、一部上の説明にあるように、岩城硝子製造所(探照灯反射鏡部門)と東京計器製作所(光学部門)から受け継ぎ(買収)設立された日本光学での初代社長(当時東京計器社長兼任)でもありました。

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きょうから、ニコン。

「きょうから、ニコン。」と言っても、機材一式を某社からニコンへ切り替えた訳ではありません。(汗)

1988年4月1日、日本光学工業株式会社から株式会社ニコンへと社名が変わった時のもので、社旗を中央に配したシンプルなデザインとなっています。
Photo(光友448号より)


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藤井光蔵氏の懐旧談 続編

先日紹介しました「藤井光蔵氏の懐旧談」の続編です。
253s
2545s
2567s
2589s「光学回顧録より」

日本光学工業黎明期の様子に興味のある方は是非読んでみてください。

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私とニコン 三堀家義氏のエッセイ

ニコンの世界には著名な写真家のエッセイがいくつか載っていました。
その中にタイトルのエッセイが含まれ、三堀氏がニコンを使うようになった経緯が記されています。
私は当時、これを読んで、さらにニコンファンになりました。
1s


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世界でたった一台の超大型F3

1986年に行われたフォtキナではニコンより世界で一番大きなニコンF3が展示されました。これは実際に写真も撮れる本物のカメラと言う事です。
F3s
下は、この年のニコンのフォトキナ用ポスターです。

F3_photokina86s


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遊メイクミーハピイ。 ニコン双眼鏡6×15

198710s
1987年頃のニコンの廉価なコンパクト双眼鏡「遊」の宣伝広告です。こういった双眼鏡の広告ではタレントを使った物はあまり見ませんね。果たして沢山売れたのでしょうか?


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栄光の潜望鏡物語 「ニコンの軌跡」6より

6s(光友441号より)

これには「潜望鏡は長い外筒の加工があるため、ほとんど当社が専門に製造していました。」とあります。
その中の唯一外注に出したのは光一二八金物の少数であると四十年史にはありました。
その光一二八金物とは、この文末にある現在もひっそりと眠る「九七式特眼鏡(改二)」の事のようです。ただ、この残っている物がはたして外注品か自社製品かは不明です。

S(四十年史より)


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修理品の取扱要領

下はカメラ販売店向けに出されていた、機材修理依頼時の取扱要領をまとめた物で、昭和51年制定版、昭和59年制定版(1992年改定)、それ以後のものと3種類ほど紹介します。
1978alls
1993alls
1996as

結構細かいようで、そうでも無いような要領ではありますが、あまり細かく規定してしまうと、恐らくは、個々のケースでの違いが多すぎて修理の受付、取扱が繁雑になり大変だからなのでしょうね。

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TVニッコール発表資料

1985年日本光学が本格的にTVカメラ用レンズ分野に参入した当時のレンズの仕様などです。
Tvs
業界の方以外には、あまり一般には知られていないニッコールレンズですね。

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日本光学工業株式会社時代の社旗

下は日本光学時代の社旗の寸法などをあらわしたものです。
Photo
日本光学の社歌と社旗は昭和4年末頃から5年にかけて社内公募され、その中から昭和5年5月に決定されたそうです。
こちらは同時に決定された、社旗を背景にした社歌です。(近年の物で、色合いなどは多少違っています)
As

以前に社歌と応援歌を紹介しましたので、楽譜などはそちらを参考にしてください。

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昭和14年 さくらフヰルム 広告

142s

昭和14年頃のさくらフヰルムの広告です。

私には当時のスキー用具や服装が返って新鮮に映ります。ただ、ウィンタースポーツとフィルムとの関連がよく分かりません。

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微視 巨視の新しい世界をひらく 35mm一眼レフ Asahiflex

1954年頃のアサヒフレックスの広告です。
さて、195411s

この画像ではI型後期の物かII型なのか判別出来ませんが、時代的にはクイックリターンになったII型の筈ですが、標準レンズが50mmF3.5のみですので、もしかしたらI型後期タイプかも知れません。

さて、この広告の「微視、巨視」という表現が時代を感じさせ面白く感じましたので紹介させていただきました。
今ですと、おそらく、「ミクロ、マクロの新しい世界をひらく」とでもなるのでしょう。
この頃は35ミリ判一眼レフ自体少なく、その特徴を活かした望遠撮影や接写・複写をアピールしたものとなっています。

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チタンボディ うんちくばなし2

先日のトップアイ連載コラム「カメラのうんちくばなし」のチタンボディに関するものです。
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この中でニコンカメラでチタン材が使われたのは1957年のニコンSPのシャッター幕が最初とありますが、これは正確ではありません。ご存じの方も多いかと思いますが、最初は1959年のニコンFとそれにやや遅れ次いでニコンSPに採用されました。

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35mm判専用オートフォーカス引伸機 ニコンから新登場

昭和50年11月21日発売のニコンRA-350引伸機の広告です。
7512s
当時、フォコマートと比べればリーズナブル?でしたが、フジのプロ用S690の倍額ほどの価格で、35ミリ判専用と言う事もあり、あまり沢山は売れなかったと聞いています。
しかし、35ミリ判しか使わないユーザーにとっては、台坂上で全紙まで焼けますので、精度の高いオートフォーカスと相まって便利ではありました。これで、カラー用ヘッドの用意がされていたならもう少し人気がでたかもしれないと個人的には思っています。また、複写用カメラブラケットとライティング用アームなどもオプション設定されていたら、もう少し寿命が延びたかとも思っています。我が家では暗室でカバーを被って眠っています。

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PeepingTom? 100インチ超望遠レンズ

戦時中、日本光学では5m望遠写真機を製作しましたが、こちらは昭和29年11月のアサヒカメラで紹介されていた、100インチ(およそ2500mm)の望遠レンズ付きカメラの画像です。
100s
記事によると、「カメラの高さと空気の透明度によるが、大体48キロメートルまでの撮影が可能である。」とあります。
実際に左下の遠望写真は26マイル(およそ41.6キロ)離れた距離から撮影されているとの事で、かなりしっかりした画像を得る事ができます。また、インフラレッドの文字が見られる事や画像の木々の葉が明るく写っている事から、撮影フィルムも赤外フィルムを使うのではないかと思います。

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AF補助光 うんちくばなし19

近年のカメラでは赤いAF補助光の点灯する様子を見る事は無くなっていますが、AF一眼レフ登場時は、これを見てちゃんと測距していると実感したものです。そんな補助光を中高生向けフォトマガジンのシリーズコラム欄「カメラのうんちくばなし」の中で紹介していました。
19s
これを見ますと、補助光は縦長のスタライプ状に照射されていたんですね、短時間だからでしょうか、私はそれを実感した事はありませんでした。

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