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微視 巨視の新しい世界をひらく 35mm一眼レフ Asahiflex

1954年頃のアサヒフレックスの広告です。
さて、195411s

この画像ではI型後期の物かII型なのか判別出来ませんが、時代的にはクイックリターンになったII型の筈ですが、標準レンズが50mmF3.5のみですので、もしかしたらI型後期タイプかも知れません。

さて、この広告の「微視、巨視」という表現が時代を感じさせ面白く感じましたので紹介させていただきました。
今ですと、おそらく、「ミクロ、マクロの新しい世界をひらく」とでもなるのでしょう。
この頃は35ミリ判一眼レフ自体少なく、その特徴を活かした望遠撮影や接写・複写をアピールしたものとなっています。

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コメント

50ミリF3.5にプリセット絞り用らしき機構が写っているので、ⅠAのような気がします。

一眼レフの長所が強調されていますが、この頃の使い難さを思い出します。
またこの時代のメチャクチャさも思いだします。

1958年にアサヒフレックスを父が購入していますが、マウント部分がM42に変更になったカメラのパーツに交換されて、いまでも営業を続けているカメラ屋で中古で販売されているのですから。

50ミリF3.5は国産35ミリ一眼レフ第一号の交換レンズのマニュアル絞りのもので、外せなくなっていますが、アタプターリングからフード、当時のフィルター枠などいまでは貴重なものが残っています。
135ミリF3.5はM42になったばかりの新品で販売されたものを購入しています。

悔しいことに父の写真の腕は確かでした。
父は当時、不治の病だった結核、しかもいまでも切除手術しか治療方法のない結核で、結核療養所で一緒になった将来を嘱望されていながら父と違って生きて出て行けなかった若手カメラマンからゼミ形式で写真を教えてもらって、奇跡的に生きて出てくることが出来たので。

時代を感じるのは入院患者にゼロ戦のパイロットの人もいたとのこと。

投稿: ガタピシ | 2010年11月 5日 (金) 16時25分

当時のレンズ設計にかかる時間を思うと、タクマー500ミリF5はM37からM42にマウント変更をしたときも引き継がれたとすると、もしかするとM42にマウントがなった後、タクマー500ミリはニコンFが登場した時、ニコンFマウントに改造されたものがあると聞いたことがありますから、Fマウントのものに出会えたら、貴重ですね。

まだ200ミリを製品化する前に500ミリを設計投入したペンタックスの意気込みを感じます。

初期のタクマーレンズはまだカラーが一般化する前の時代なので、発色にバラツキはありますが、コダクロームの時代シットリとした独特の味わいがあり、使い難いのですが、絵画的な写真が撮りたいと思ったものです。

投稿: ガタピシ | 2010年11月10日 (水) 19時35分

広告に掲載のカメラは、ガタピシさんの推測通りにAsahiflexⅠAだと思います。

1954年頃(前後?)の広告と云う事で時期的に微妙ですが、AsahiflexⅠA(1953年発売)からⅡB(1954年発売)の頃ですね。
外観的には最初のⅠ(1952年5月発売)やこのシリーズの最終型のⅡA(1955年発売)と違うことは明らかだと思います。
(ⅡAはボディ前面に低速シャッターダイヤルが付いてていますし、シャッターボタンの形状も違いますね)

ボディ前面マウント横のシンクロ端子の数が2個である特徴は、Ⅰの改良(改造)型、ⅠA、ⅡBでも共通ですが、ⅡBには端子脇にFPかXの表示刻印があることで違うことが分かります。
Ⅰの改良型かⅠAが該当しますが、時期的な面とガタピシさんも指摘されている装着レンズがプリセット絞り付のタクマー50mmF3.5であることからAsahiflexⅠAと見て良いでしょう。

投稿: MARK12 | 2010年11月12日 (金) 20時30分

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