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栗原達男のF2。

有名写真家のF2広告第四弾です。
792s
栗原氏の機材は、民家の庭先にある、ま新しい縁台に置かれたモーター付きF2フォトミックと105mmF2.5、その横にはアイレベルの黒F2に24mmF2.8の組み合わせです。

学生の頃、私もこの105mmと24mm、他に標準50mmかマイクロ55mmの組み合わせで使っていたのと、背景の民家の雰囲気が、当時の記憶を少し蘇らせてくれて、妙に懐かしく思ってしまいました。

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コメント

「栗原達男のF2」の広告に掲載されているF2フォトミックとF2アイレベルに装着のニッコール・オートはいずれもAi改ですね。
両レンズ共にかなり使い込まれているようですが、写真からは多層膜コート仕様のニッコール P・Cオート105mm F2.5とニッコール N・Cオート24mm F2.8か、ノンマルチコートのC無しかは分からないですね。後者のような気もしますが。
105mmレンズに装着のレンズフードは、ねじ込み式のHNタイプのように思いますが、外周面が真っ白ですね。まるでS型用ニッコール白レンズのフードみたいです。

栗原 達男氏は、フォト・ジャーナリストあるいはドキュメンタリー写真家として活躍されてきたと思いますが、海外への移住も含めて約50年間に渡り世界中を旅してきた方ですね。
最近は沖縄の名護市を拠点に活動を続けられているようです。

銀座ニコンサロンでは、1968年の「ヨーロッパ戦後23年」、1971年の「沖縄・そこに生きる人々」、1973年の「人間の壁・東西ベルリンと北アイルランド」、1999年の「棄民・ドミニカ移住者10年間の報告」などの写真展を開催されています。

2003年にJCIIフォトサロンで開催された写真展「1931年・太平洋を越えた翼」は、1931年10月に米国人のパイロット、パングボーンとハーンドンが、青森県淋代海岸からアメリカワシントン州ウェナッチー市までの約8,000Kmを約41時間かけて飛び、太平洋横断飛行を最初に成功させた歴史的事実を改めて私たちに教えてくれました。

投稿: MARK12 | 2010年6月 4日 (金) 20時58分

もし24ミリがCタイプでなければ、105ミリもCタイプでない可能性もありますね。
このタイプの105ミリにもオートニッコールがあるんですよね。

「棄民」
この言葉を聞くと、父が日本の移民政策は白人諸国が国家プロジェクトとして国益を確保するためものではなく、日本が高度経済成長を迎えるまでは、戦争遂行のための「産めよ、増やせよ」政策の結果、国民を食わせることができないために、国家のバックアップ政策のない棄民政策だと話してくれたのを思い出します。

いまは沖縄の名護市を拠点に活動しているとのことですが、栗原達男さんの目には何が見えているのでしょうか?

投稿: ガタピシ | 2010年6月 5日 (土) 22時11分

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