後藤プラネタリウム
写真工業82号に掲載されていた後藤プラネタリウムの図です。記事は4ページにわたり、本機と中型機、その他にステレオ観光望遠鏡が紹介されておりました。
カメラ誌には珍しく?このような光学機器が載っていて、少し興味をひきましたので紹介させていただきました。
おそらくはカールツアイス製のツァイスⅡ型プラネタリウムを踏襲したものと思われます。
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写真工業82号に掲載されていた後藤プラネタリウムの図です。記事は4ページにわたり、本機と中型機、その他にステレオ観光望遠鏡が紹介されておりました。
カメラ誌には珍しく?このような光学機器が載っていて、少し興味をひきましたので紹介させていただきました。
おそらくはカールツアイス製のツァイスⅡ型プラネタリウムを踏襲したものと思われます。
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当時現行のズームレンズを並べています。(全てではありません)
以前紹介しました、BigサイズのMFズームAi80~200F2.8Sも載っています。
個人的には、Eズーム36~72mmが少し興味を引くのですが、兄貴分の35~70mmズームニッコールよりシリーズEズームの方がスペック上も価格も上をいっているからでしょう。
これら標準ズームも今では中古品は安価に見かける場合が多いですね。
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上の画像が表紙の冊子には、土木建築を専攻している工業高生が学習する程度?の使い方や点検などの説明が記されています。
30年近く前の冊子ですが、内容は現在も同様の機器が使われているでしょうから、それほど変っていないのではないかと想像しています。
下はその中にあったセオドライトの各部名称とその使い方を簡単に記したものです。

土木や建築関係者には馴染みの深い物ですが、一般にはあまり使うことは無い機器です、しかし、中古品で検定?を受けていない機器がオークションなどで安く出ていたりしますので、チャンスがあれば、これを入手して、ちょっとした望遠鏡代わりにしてみようかと思っています。
でも、少しゴツすぎますかね・・・
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フィッシュアイニッコール6mmF5.6は1969年5月登場のミラーアップを必要とするコンパクトな魚眼レンズです。
受注生産でしたが、1979年までは画角220度をレンズ240000円、ファインダーDF-1が10000円の計25万円で手に入れることができました。

ミラーアップレンズですので、構図を決めるには別ファインダーが必要で、アクセサリーとしてDF-1が用意されておりましたが、こちらの画角(視野)は約160度と狭くなっています。また、OPフィッシュアイ10mmF5.6とも共用のアクセサリーで、いずれにしても視野は撮影実画面の画角より狭くなっていました。
これは、OPの10mmF5.6の場合の約90%、6mmF5.6の約73%を見ることになりますが、魚眼レンズの場合、画面の中心部が大きく写り、周辺部は極端に圧縮されたものになる為、レンズ光軸を僅かに傾けるだけで画面効果もかなり違ったものとなってしまいます。従いまして、ファインダーは画面の中心部を決める事が重要であり、ほかに圧縮された周辺部はファインダーで仮に確認できても付ける場所の都合上かなりの部分がけられてしまうといった事情も考慮して決められ、共用としているそうです。
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カメラレビューNo.30、1983年7月号の新鋭カメラ技術公開でニコンF3AFが紹介されておりました。
これはそれのサイズを記した各面の図などのページ部分です。
写真工業に掲載されている技術資料よりコンパクトで、4ページにまとめられておりますが、参考資料にはなると思います。
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日本光学四十年史にあった戦後10年間の平均賃金のグラフです。

終戦後の日本光学の業績、経済情勢、特にインフレーションの影響が大きく右肩上がりのそれもかなり急な上がり方のグラフです。
四十年史によると、昭和21年暮れから23年10月までは物価スライド方式によりほとんど一直線に上昇しているが、23年暮れ頃からは闇物価が頭打ちになり、生産スライド制への切り替えもあり、ジグザグの上昇を続けているとあります。
これらジグザグの谷間の多くは人員整理反対や賃上げ、労働時間短縮へのストライキの影響やニコンSからS2へといった主要製品切り替えの影響だということです。
因みに昭和32年発売のニコンSPは発売時F1.4付きで98000円程でしたので、同時期の日本光学社員平均賃金4か月分で購入出来た計算になります。かなり高価なカメラだった事がこれからも分かりますね。
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写真工業1990年4月号の記事です。
1990年1月現在発表されているデジカメの仕様などの表を見ますと、受注開始のIMC-100、DS-Xの価格は400万円以上となっています。
40万画素のCCDを使い、解像度は400TV本となっていますので、VGA画像程度といったところでしょうか。
記事では価格のネックとなっているのにメモリをあげています、確かこの数年後のパソコンのDRAMが1MBあたり1万円と言われており、PCの価格も数十万円ほどしておりましたので、それよりかなり前の事ですから納得がいきます。とはいえ、VGA程度の画質で20年前の400万円を投じる価値が見出されるところといえばそれほど多くは無かったでしょう。
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外見上接眼部から対物レンズまでの光軸が直線に見える、現代的なダハタイプの双眼鏡が日本光学で登場したのは以前Hラインとして紹介しました物が初だったと思います。
しかし、ダハプリズムを使っていた双眼鏡自体は意外と古く、昭和24年に出たミクロン6x18がありました。
こちらも以前にミクロン双眼鏡を紹介したおり少し記しましたのでご存知の方も居られるかと思います。
これは一見するとポロプリズムタイプの双眼鏡に見えますし、プリズムによる光路も現代のものとは随分違っているようです。昭和30年代半ば頃までの10年間以上現行品でしたが、高価だったのでしょうか?あまり見かけません。

主な仕様:倍率6倍、対物レンズ有効径18mm、実視界7度、射出瞳径3mm、重量175g、幅10cm、高さ6.3cm
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日本光学四十年史にあった特許の一覧のうち、戦後のものを紹介します。

戦前、戦中時の特許には時代を反映して、秘密特許がいくつか含まれておりましたが、戦後は民製品を中心としたものがほとんどを占めています。
発明者の欄を見ますと、雑誌などの技術資料の執筆者と同名の方が何人か居られます。
昭和31年のフォーカルプレーンシャッターに於ける閃光同調装置なんて、ニコンSPやFのシャッターダイヤル同軸上に組み込まれたセレクター関係かな?とか、昭和23年末の小型フォーカルプレーンカメラはニコンI型かな?しかし、発売後の特許申請も無理があるかな?などカメラ関係、レンズ関係での特許の時期からどのようなカメラ、レンズ技術へフィードバックされたかを想像するのも楽しいですね。
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ニコンF2用モータードライブカタログ最後に載っていたシステム図です。




時期的には上から下へ徐々に新しくなっています。
下3枚の画像は昭和49年6月、11月、50年4月と一年足らずの期間のカタログの変遷です。
MD-1からMD-2への切り替わりや、価格の一部改定、システムの追加などがこの頃に行われたのが良く分かります。
この後のカタログではMD-3やMB-2が追加されましたが、システム図といったものを掲載せず、カタログも1枚物を4つに折った大きなものに替わってしまいました。
これらシステム中でそれほど高価ではなかったのですが、割合珍しい物にガゼットバッグFB-10があげられます。
これはニコンFやF2初期の頃のモータードライブ付きカメラ専用のバッグで近年ではめったに見かけない物になってしまいました。
モータードライブ用ガゼットバッグはFB-4、FB-7までがニコンF時代、F、F2両方の時代がFB-10、F2の時期がFB-13と言えるかと思います。
余談ですが、偶然なのか意図的なのか分かりませんが、これら番号が3づつ増えた型番になっていますね。
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1998年12月26日に発売されたニコンF100の広告です。
このようにニコンF100では当時のフラッグシップ機ニコンF5に準じる性能を有し、ハイアマチュア向けのカメラとしても完成度の高いカメラに仕上がっていました。
写真工業1999年4月号にはテクニカルレポートやテストレポートが掲載されました。
参考資料:テクニカルレポート
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日本光学のひかり小屋を皆さんはご存知でしょうか?

「光友」昭和17年165号にあった、新ひかり小屋落成を告知した記事です。
ひかり小屋とは75年史によると昭和15年10月(四十年史では11月)に東京府西多摩郡五日市町の秋川渓流沿いに開設されたレクリェーション施設で、こちらは17年落成の増設された新館です。
これらは太平洋戦争勃発後は心身の練成道場としての性格を強め、日本光学秋川道場と呼ばれるようになったそうです。
画像は間取りのスケッチと完成した新ひかり小屋の写真だと思われます。
生憎記事詳細の載っている次号(166号)は持っておりませんので、詳しいことは不明ですが、建坪は旧舘が57坪、新館は83坪、戦中戦後の荒廃を補修し昭和30年代に年間利用者が1200~300名に達したと四十年史には記してありました。
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ニコンF3新発売時カタログ(1980年2月15日)に挟み込まれていた価格表です。
3つ折6ページ1枚物で、表紙はカラー印刷、その他はグレー白黒の3色刷りです。
以前紹介しましたニコンEM新発売時の価格表同様にF3専用及び同時期発表発売予定の物は白抜きとなっています。
大きな画像はこちら。(約1.8MB)
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以前紹介しましたケンコーブランド元の村上商会本店の価格表ですが、当時のニコンはM型が現行品で、価格が少し低いようです。おそらくは中古価格だろうと推察しておりますが、残念ながら、それがM型なのかI型なのかは不明です。
こんな価格でI型が手に入るなら、とても嬉しいのですが・・・
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スピードライトSB-1の表紙は先日紹介しました、今回は裏表紙を省いたその内容です。
発売は広告のように1969年1月20日で、標準セットが27000円と高価でした。
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