ニコン双眼鏡 8×30A展開写真
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ニコンFの昭和41年頃のカタログです。
同じ表紙でほぼ同じ内容のカタログが複数ありますが、レンズ紹介ページなど変更されています。
このカタログではズームニッコールオート50~300mmF4.5が今秋発売とあります。
しかし、実際の発売は翌春、昭和42年2月でした。因みに発売後のカタログでは、レンズの並べ方などが変更されていました。
大きな画像(約2.1MB)
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これは各カメラ雑誌1987年12月号に掲載されたニコンの広告です。

この半年前、1987年6月発売のニコンF-401AFがニコンFマウントのSLRとしては初めてNikonの文字を斜体のロゴで表したカメラだったと思います。
これより前、1983年には既にコンパクトカメラでは初登場のニコンピカイチ以降全てが斜体のロゴを採用していましたので、それほど違和感なく移行できたようにも思えます。
しかし、私自身はニコンF2の銘板にみられる直立した各型のNikon文字が好きで、F3やF-501も同様でしたので、このF-401のときは少々がっかりしました。
さて、閑話休題、この広告の時期以降から[1988年4月1日より日本光学工業株式会社は、株式会社ニコンに社名を変更いたします。]の文言が入れられるようになりました。
また、株式会社ニコン以降は斜体のNikonロゴも若干の変更をしたのは以前に少し記したとおりです。
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以前にフォトアート1949年12月号に掲載されていた1949年のライカ型国産カメラを紹介しました。
その中にベスト判フィルムと135フィルムを切り替えて使える村上商会のケンコー35カメラがあったのを覚えている方はおられるでしょうか。
下はその時の物を部分的に切り取った画像です

そのカメラ部分です。

この他にないか探しましたら、ARS刊行CAMERA誌1949年2月号に下のような広告がありました。

カメラの画像自体は同じ物をつかっているように見え、レンズはニッコールということですが、ネーム部分はおろか絞りや距離を示す数字も見られず、もし、ニッコールならニコンI型付属の物と同じ光学系だと想像できるのですが、これが本当にニッコールなのかは分かりませんでした。
さて、上の広告を見ますと「新春に颯爽とスタートした」とありますので、1949年2月雑誌発売時期とそれほど変わらない時に発売された?又は発売予定だったのでしょうか?
また、スペックを見ますと当事国産最高の1/700秒フォーカルプレーンシャッター、画面サイズがベスト判時縦40mm横35mm、135フィルム時縦25mm?横35mmと読み取れます。また、シンクロ付きでシャッターに同調とあります。
画像を見ますと、高さがあり、確かにベスト判にも対応していそうで、光軸上にファインダーがあり、距離計の窓が正面から見て左でニコンやコンタックスと同様になっています。しかし、シャッターボタンがどこにあるか分かりませんが、もし正面から見て中央右よりの突起部としたら、なんだか見た目では裏焼きっぽくも感じます。
情報が少なく、謎のカメラですが、このカメラの詳細をご存知の方居られないでしょうか?
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昭和34年9月のカメラ雑誌に掲載されたゼンザブロニカの広告です。

カメラのロールスロイスというコピーやニッコールレンズを当初から用意し、高級カメラをイメージさせる広告となっていました。また、造りも高級感があり、確か外板もステンレスを使っていたと聞いた事があります、価格も標準セットで128000円と50年前を考えますと高価です。
このカメラ名称は創業者の吉野善三郎の名前を採り、善三郎のブローニー判カメラという意味があると聞いています。
また、後にS型発売で既存の上のゼンザブロニカをD型と呼称するよう名称が変更されました。
この辺はニコンカメラでもM型発売後に既発売モデルをI型と呼んでいたのと同様ですね。
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ベローズアタッチメントは接写用アクセサリーの中ではメインとなる機材の1つです、これはニコンFマウントの物としては標準でアオリが出来、30年ほど前にPB-6と世代交代しましたが、以後も根強い人気があったように思います。
それを反映してか、中古で案外と見かけますし、割合安価ですから購入する方は今でも居られると思います。
ただ、これの説明書まで付いているのは少ないようで、この画面が参考になるかと思います。
大きな画像はこちら(3.3MB)
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写真工業1954年9月号に掲載されていたニッコール10.5cm発売の広告です。

発売されたのは1954年8月で、広告にあるようにレンズフードはバヨネットタイプの物が使われていました。その後フード、キャップともスプリング式の物となりましたが、時期は分かりませんでした。
このレンズもベストセラーで現在でも比較的多く見かけるレンジファインダー用レンズですが、後にでる3.5cmF1.8のように品薄で広告にお願い(お詫び)を載せるほどでは無かったようです。
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左下から上へページ数があがり、同様に右下から上へページ数があがっていきます。
ニコンEMの1980年初期の使用説明書です。
基本的には絞り優先の自動露出のみのシンプルなカメラですが、初心者を対象にした製品のためでしょうか、説明書も48ページと兄貴分のマニュアル機FM(40ページ)より紙面が充実していました。
生憎、初期の物の為、FGやFG-20以降の共通アクセサリーなどの説明はありません。
大きな画像はこちら(約1.79MB)
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ライカM3が発表された後の写真工業1954年7月号は35ミリカメラの特集などが組まれていました。
その号に白松正氏執筆による、国産カメラ改良私案という記事があり、ニコンも取り上げられていました。

それにはニコンS型をレバー式巻上げ、ギヤ式フォーカシングの廃止およびレンズ鏡胴部のヘリコイド内蔵、それによる基線長の延長が可能、同シャッターボタン位置の見直し、ファインダー倍率や見易さの改良、シャッターダイヤルの不回転化や数字の見易さの改良、迅速巻上げへレバー操作やワインダーの提案などの私案を記してありました。
巻き上げレバーやファインダーの改良、不回転シャッターダイヤルなどはこの号の少し前に発表されたライカM3の影響を大きく受けていると感じました、この半年後に出たニコンS2型では画面サイズの変更や、私案に取り上げられたレバー式の巻上げ、私案に無いクランク式の巻き戻し、ファインダーの改良など皆さんご存知のとおりです。
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光学系は昭和45年8月発売のフィッシュアイニッコールオート8mmF2.8と変わりありませんので、このレンズも長寿レンズの1つでした。
また、価格もオートレンズ新発売時129000円(途中価格が改定され最安時109000円)と高価でしたが、Ai-Sタイプ新発売時でも132000円とほとんど価格は変わらず、このカタログの説明のように6mmF2.8と比べるまでもなく、求めやすいポピュラーな全周魚眼レンズでした。その後は価格改定され最後は1996年時で155000円でした。
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1950年秋頃の写真雑誌に掲載された富士寫真フイルム株式會社(当事)のフィルムの新製品を紹介した広告です。

以前に1950年頃のフィルム価格などを紹介しましたので、他社のフィルムの価格とも照らし合わせてみてください。
その時記しましたが、当時の公務員の初任給が数千円でした、100フィートの16ミリ映画用カラーフィルムと35ミリ判カラーフィルムを1本買ってしまったら、もしくは35ミリ判カラーフィルム9本買ったら月給が一ヶ月分無くなってしまう計算です。
今はデジカメのメモリーも安くなり、大量に写真を撮り、その中から取捨選択といったスタイルが多いのかもしれませんが、この昭和25年当時はおろか、昭和40年代くらいまでは特にカラーフィルムが高く、写真を1枚1枚大切に撮っていたのもうなずけるかと思います。
勿論写真を大切に(慎重に?)撮っていたのは、フィルムやプリント代金が高いからだけではありませんそれに足して、この頃は機械仕掛けのカメラで露出計も無いか内蔵されていても測光範囲が狭く、フィルムのラチチュードも狭いので露出面の失敗なども多かった事もあろうかと思います。
それに比べると、現在は手軽に携帯電話でも写真や動画を残せますし、その場で結果も確認でき、自宅でもプリント出来、良い時代になったものです。
しかし、私が今でも、不便な機械式のカメラを使い続けるのは、写真を撮るまでのプロセスも楽しみたいからなのですが、他の方も多少なりとも同じ気持ちを持っているのではないでしょうか。
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ニコンF2フォトミックSの使い方のダイジェスト版ともいえそうです。
ただし、基本的な操作部分はニコンF2フォトミックと同じですのでそちらを参考にしてください。
フォトミックとフォトミックSの違いは結構ありますので、Sをお持ちの方には参考になると思います。その中でも低輝度時のスローシャッターは活用の機会もあるのではないでしょうか。
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ここ半年くらい前のカタログからこのようなニコンFマウント誕生から50年を意味する数字をデザインしたロゴがカタログ表紙の隅などに見られます。

また、その前年にはニッコールと銘打ったレンズ製品誕生から75年とニコンカメラ誕生から60年目ということを示すロゴが同様にカタログの隅に見られました。

このような50とか60、75といった区切りの良い数字を使い出したので記憶に新しいのは、下の11年前のニコンカメラ誕生から50年の広告などではないでしょうか。

この時は以前に少し紹介しましたが、ニコンF5の限定版まで50年記念モデルとして出ました。
この時とは銀鉛カメラやフィルムの需要量が全く違いますので、事情が異なりますが、出来ればニコンFマウント誕生から50年目である事からニコンFでも復刻してみても面白かったのではないでしょうか。
とはいえ、たぶん、販売などの企画は出たとは思うのですが、素人目に見ても、以前のF5記念モデルやS3,SPの復刻モデルのような需要があるとは到底思えないので、すぐにボツになったのは想像に難くないのですが。(汗)
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ニコンFはご存知のようにファインダーを交換することによりバッテリー使用の有無や数が違ってきます。
例えばニコンF(アイレベルやアクション、ウェストレベルファインダーの場合)は露出計を組み込まないのでバッテリーは要りませんが、外交式のフォトミックファインダーは水銀電池MR-9型(H-D型)を1つ使います。
また、その後のTTL式露出計内蔵のフォトミックT、フォトミックTn、フォトミックFTnはそれらを2つ使います。
ところで、その水銀電池ですが、使用説明書には時期により、メーカー毎の呼び名が違っていた為でしょうか代表的な銘柄を複数表示してありました。
以下がその例です。
東芝レイオバツクTH-NC 1.3V、東芝TH-MC 1.3V、ナショナルM-D 1.3V、同M-1D 1.3V、Mallory RX-13 1.3V、同RM-625 1.3V、同RM-630 1.3V、Eveready E-625 1.3V、GE No.625 1.3V、同HD625 1.3V、Ucar EPX 625 1.3V、Varta V625PX 1.3V
(実際はこのタイプの水銀電池は確か1.35Vといったような電圧であった筈ですが、取り説には終始1.3Vでの表示となっていました。)
これが1970年初め頃までの説明書(英語版含む)に列記されていましたが、その後は国産バッテリーに関してはH-D型で統一され、後にMR-9型と一般に呼ばれるタイプになりました。
MR-9型はJIS規格ということは聞いていますが、H-D型名称はどうなのでしょうね?また、このH-D型やH-B型といったボタン電池の統一した呼び名は説明書の変更時期の1970年後半くらいからなのでしょうか?
ご存知の方ご教示願えませんでしょうか?
画像は1970年2月(上)と8月(下)のフォトミックFTnファインダー説明書の水銀電池説明の部分です。

因みにニコマートFTnの説明書も比較してみましたが、やはり1970年後半からH-D型で統一してありました。
*:補足です、水銀電池は1995年頃から製造はされておりません、現在はアダプターや海外の同サイズのアルカリ電池(例 ファルタVarta V 625 1.5V)などを入手して使うのが一般的です、ただしアルカリ電池など電圧が異なる場合は露出の補正が必要ですし、電圧の降下による誤差も大きくなってきますので注意が必要です。
余談ですが、露出計を組み込んでない為バッテリーが不要と先ほど記しましたが、アイレベルとウェストレベルファインダーはニコンメーター類を追加できますね、その場合でもセレン光メーターですからやはりバッテリーは不要です。
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写真工業1971年6月と9月に掲載されたアポロ計画時の写真機材関係の記事です。
このうち14号ではハッセルブラッド500ELが使われ、15号では船外に着けたカメラからの撮影などの他、月面では16ミリムービーカメラの他ハッセルブラッドとニコンFが使われています。
これが所謂ニコンFアポロですね。
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1971年夏頃の写真雑誌に掲載されていた日本光学の広告です。
これより少し前、キヤノンF-1が発売されだした頃は、ニコンFとそのシステム展開を広告したものが見られたのですが、、夏頃から3ヶ月ほどはニコマートFTnとニッコールレンズの組み合わせの広告ばかりになりました。
他方、キヤノンはF-1のシステムやアクセサリーの紹介をQ&A形式で紹介した広告を2ページの見開きで数ヶ月間出していました。
それに比べ、キヤノンF-1対ニコマートFTnではいかにも地味で、今思いますと、これは1971年9月発売のニコンF2を控え、あまり派手にニコンFとそのシステムの広告出すと、それに影響を受け直近にニコンFを購入するユーザーの不満を助長する恐れがあり、無難なニコマートFTnとレンズの広告にしたのかと勘繰ることができそうです。
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写真工1971年8月号では「オートフラッシュ機構を検討する」といった特集が組まれていました。
その中にGNニッコールの技術資料が掲載されていました。
その結び部分の「これからのフラッシュ撮影」という記事があり、今後の開発に関わる部分が含まれる為でしょうか、差し障りの無いことしか記されてはおりませんが、それでも、今それを読むと、現在のニコンのフラッシュ撮影技術の確かさを伺い知ることが出来る頼もしさのようなものを感じました。下はその部分です。

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写真工業1972年10月号に掲載されたオリンパスM-1技術資料内の外観および寸法を示した三面図です。
これに近いサイズのニコンカメラですとニコンEMがイメージしやすいかと思います。
実際は横幅でEMが1.5ミリ狭く、高さで2.9ミリ高いのですが、まあ、あんなものです。(汗)

因みに、写真工業1972年10月号のオリンパスM-1技術資料は、先日逝去された米谷美久氏の執筆です。
オリンパスM-1技術資料の画像(約2.5MB)
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販促カタログのニッコールUDオート20mmF3.5の部分です。


先日のニューニッコール30mmF4の1つ前のモデルです。
これはオートニッコールのスタイルのみで、Newニッコールとしてのデザインでは発売されませんでした。
写真工業1972年10月号で超広角レンズ総点検特集においての評価は先日紹介しましたNewニッコール20mmF4とは違い好印象のものでした。

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ニコンF2の同時代にこれに匹敵するような高級システム一眼レフカメラの1つとして出されたオリンパスのM-1カタログの表紙部分です。発売は1972年7月、後、1973年にM-1は当時ライツのカメラと同名な為に改名しOM-1、OMシステムとなりました。

以前紹介しましたミノルタX-1やキヤノンF-1はニコン同様にファインダー交換が可能なシステムカメラでしたが、こちらは当時としては非常にコンパクトなボディで万能?な発展性を持たせている為、ファインダーの交換は考えてはいなかったようです。しかし、ファインダースクリーンは多種類を用意し、交換を可能にしています。
また、最高秒5コマのモータードライブやマクロ、ミクロ撮影用システムなど発表当初から充実したものとなっていました。

*:後日技術資料などを紹介したいと思います。
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