« 赤いラインの双眼鏡 | トップページ | 2本目の広角レンズとして好適です。 ニッコールUDオート20mmF3.5 »

ニコンF2のライバル オリンパスM-1

ニコンF2の同時代にこれに匹敵するような高級システム一眼レフカメラの1つとして出されたオリンパスのM-1カタログの表紙部分です。発売は1972年7月、後、1973年にM-1は当時ライツのカメラと同名な為に改名しOM-1、OMシステムとなりました。

M1ss
以前紹介しましたミノルタX-1やキヤノンF-1はニコン同様にファインダー交換が可能なシステムカメラでしたが、こちらは当時としては非常にコンパクトなボディで万能?な発展性を持たせている為、ファインダーの交換は考えてはいなかったようです。しかし、ファインダースクリーンは多種類を用意し、交換を可能にしています。
また、最高秒5コマのモータードライブやマクロ、ミクロ撮影用システムなど発表当初から充実したものとなっていました。
Msystems

*:後日技術資料などを紹介したいと思います。


|

« 赤いラインの双眼鏡 | トップページ | 2本目の広角レンズとして好適です。 ニッコールUDオート20mmF3.5 »

Nikon etc.」カテゴリの記事

コメント

当初からこれだけのシステムが充実しているのを見ると、相当のライバル意識を持っていたことが伺えます。ボディ耐久性、膨大なアクセサリー、モータードライブの最高コマ数等がそれを表していると思います。僕が使っているOM-2の頃になるとフラッシュのTTLオート化によりフラッシュシステムが非常に充実していたような気がします。もちろんそのとき自分は生まれていないので分からないのですが、M-1のデビューはカメラ界にとって大きな衝撃だったのではないのでしょうか。MARUO様はM-1についてどう思いましたか。

投稿: igay | 2009年9月 1日 (火) 20時32分

igayさん、こんにちは。
M-1登場は個人的にはミノルタX-1登場よりインパクトが強く、米谷ファンでも有り非常に魅力的に写りました。
ただ、当時既にニコンを使っていましたので、すぐにオリンパスのフルサイズ一眼レフとのシステム2本立ては経済的に無理でした。
その後、中古ですがM-1やOM-1を手に入れ、PEN-F系と合わせて使っていました。今はニコンカメラを入手した際の下取りなどでPEN-F系とOM-1が残っているだけですが、これらは今も現役です。

投稿: MARU0 | 2009年9月 1日 (火) 20時46分

MARUOさん、こんばんは。

オリンパスが初めての本格的な35mm一眼レフでM42マウントのオリンパスFTLを発表したときにFTLのカタログを入手して、その後の展開を注目していたのですが、FTL系は単発に終わり、マイクロ一眼とも言えるセンセーショナルなM-1が発表されました。
その時に入手したM-1のカタログは、その後貴重なものとなりました。次に入手したカタログは既にOM-1に替わっていましたので...。

ローライ35の驚異的な小ささが35mmカメラのコンパクト化への潮流を作ったようにOM-1も他社の一眼レフの小型化への大きな刺激となりましたね。
M-1/OM-1のボディの大きさと特に縦横比(幅と肩までの高さ比)がバルナックライカに近かったのが特に印象に残っています。
私にとってニコンF2やF3のボディの縦横比も気に入っている要素のひとつです。カメラのサイズよりもプロポーションが重要だったりします。

投稿: MARK12 | 2009年9月 1日 (火) 21時00分

MARK12さん、こんにちは。

オリンパスFTL登場は私の印象では、既にアサヒペンタックスのM42マウントモデルが広く出回っていたこともあり、PEN-Fのような独創的な機構も無く地味なモデルといったイメージしか残っていません。
それだけに、M-1が発表された時はびっくりしましたし、オリンパスらしさを感じました。

投稿: MARU0 | 2009年9月 2日 (水) 19時38分

MARUOさん、igayさん、こんばんは。

オリンパスFTLは、生い立ちにしてから不幸?な感じを否めません。
オリンパスの本命たるMシステムの企画、開発立ち上げの少し後からの短期間での開発と商品化だったと思いますが、Mシステムの開発チームとは全く別の(新規設立子会社)の小さな設計チームに輸出専用機として開発、商品化させたものだったようですね。
1971年3月発売の目標より1年程遅れて1971年に輸出用が出荷されました。国内発売は1972年7月で、これはM-1と同時期になってしまいました。
プラクチカ(M42)マウントで開放測光を実現している点以外は、平凡なモデルでインパクトの大きかったM-1/OM-1の影に完全に隠れてしまい、あまり話題になることもありませんでしたね。

生まれる前からM-1までの繋ぎの役目しか期待されずに、生まれた後も目立たずに役目を終えていったFTL。希少さだけはカメラコレクターの目に留まったかもしれません。
私にとっては、OM-1よりずっと気になる存在だったFTL。いつか入手したいと思っていたのですが、良き出会いがなく、いつしか関心も薄れてしまいました。

投稿: MARK12 | 2009年9月 2日 (水) 21時43分

MARK12さん こんにちは。

FTLはずいぶん前にオリンパスのサイトで知りました。僕自身もその時期にOM-2を手に入れておりますので比較ができたのですが、やはりOMボディと比較しますと余り新鮮さは感じませんでした。しかしながらこのような隠れた機種があったという事実にはその時非常に興味を持てました。FTL用のズイコーレンズもどのような描写をするのか気になるところです。OMのものとは違うものなのでしょうか。これについては自分ではよくわかりません。技術資料か何かあればわかるのでしょうが。

投稿: igay | 2009年9月 4日 (金) 00時53分

igayさん、こんばんは。

昭和45(1970)年3月に輸出向けの出荷を計画目標にしていたので開発ナンバー453と呼ばれたFTLですが、実際には間に合わずに1971年の出荷になりました。
国内発売は1972年7月でM-1と同じですね。

FTL用に用意されたレンズは、50/1.8,50/1.4,28/3.5,35/2.8,135/3.5,200/4の6本の各ズイコーレンズで、フィルター径は200mmが58mmの他は、全て49mmです。このあたりは同時代のペンタックス用の(SMC)タクマーの常用レンズとあまり変わりないようです。
標準レンズのGズイコー50mmF1.4以外は、大口径レンズでもなく比較的平凡な仕様と言えるでしょう。

プラクチカ(M42)マウントですから各社の色んなM42レンズが使えますので、元々輸出用だったことを考えれば、これでも十分だったのでしょう。純正レンズならFTLと組み合わせれば開放測光が使えるメリットがありますね。
描写性能やレンズの味については、使ったことがなく、他の人の評価も聞いたことがないので残念ながら分かりません。もしOM用レンズの光学系を流用しているのなら同じ仕様のOM用レンズと大差ないでしょうね(鏡筒が違えば少し変わってくるでしょうが)。

FTLは汎用マウントとも言えるM42マウントだったので私の場合は興味があったのです。
M42マウントのカメラやレンズは、ペンタックス/タクマーを中心の他、フジのST-801やEBCフジノンなども持っています。
フジノンレンズは大判カメラ用レンズとして大判ニッコールとシェアを二分する優秀なレンズでしたので、35mm判用のEBCフジノンも期待して使ってみましたが、期待以上のものがあり驚いたことがあります。
11層を謳うマルチコーティングの効果もあるのでしょうが、ツァイスのレンズに劣らないコントラストの良さを感じました。

投稿: MARK12 | 2009年9月 4日 (金) 20時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/185882/46061089

この記事へのトラックバック一覧です: ニコンF2のライバル オリンパスM-1:

« 赤いラインの双眼鏡 | トップページ | 2本目の広角レンズとして好適です。 ニッコールUDオート20mmF3.5 »