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ズノー ペンタフレックス

今回はニコンカメラではありません、しかし、多少なりともニコンカメラに影響を与えていたのではないかと思えるカメラです。
ズノーペンタフレックスはペンタプリズムとクイックリターンミラー、自動絞り、蝶番による裏ぶた開閉、等間隔倍数系列一軸不回転シャッターなど、35ミリ判近代一眼レフの機能を全て搭載した最初のカメラだったと記憶しています。
これはニコンF登場より1年ほど早く、しかも、当時最も明るい58mmF1.2の標準レンズや、100mmF2というハイスピードレンズまで用意されていました。
しかし、部品のほとんどを外注化、ほぼ組立のみを自社で行っていたそうで、成品の歩留りが悪いうえに故障も多く、実際に販売されたのは3桁前半の台数だったとの事で、幻の一眼レフとも言われています。
下は写真工業1958年7月号に掲載されたメカニズム解説記事の冒頭のスペックなどです。
Zunowpentaflex


参考資料:ズノーペンタフレックス技術資料前半
       ズノーペンタフレックス技術資料後半


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コメント

カメラのカタログデーターは優れているが、部品のほとんどを外注化したため、カメラへの組み立てをするときにゆるされる公差寸度ってゆったかな、カメラとして組み立てる時ためにゆるされた精度内に外注されたパーツがなかったため、製品として組み上げてる最中に図面では組みあがるはずなのに、組みあがって製品となる途中で組み立てが進まなくなったり、製品となっても、誤差が大きかったため、製品として出荷後も製品としての組み上げ精度が悪く故障も多かったのではないかと思われる。
レンジファインダー機としての性能はカタログ的には良かったものの、会社が倒産直前に部品類の発注、製造をしていたものの、会社が倒産してしまったため、債権者が債務を回収するためあった部品で組み立てられて発売された、名門「レオタックス」の最終モデルレオタックスGを思わせるカメラですね。

カメラではないものの日本が造ったゼロ戦をはじめとするこの時代の最先端の軍用機も10機生産するとすぐに飛べる状態でラインからロールアウトして来た完成した状態ですぐに試験飛行できる機体は2~3機。ちょっと手を加えて試験飛行できる状態になるのがやはり同じぐらい。完成後徹底的に手を入れて飛べるようになるのがやはりこれくらい。平均して10機のうち3機は完成したものの部品取りに回される機体があったことを聞いたことがある。

日本にはこの当時品質管理とゆう概念がなかったために生じたことだが、戦後品質管理(クオリティー・コントロールとも呼ばれる)を積極的に取り組み工業製品を世界に輸出して、日本は先進国入りしたのだが、今回の金融危機から世界同時不況に突入したいま、いま問題になっている派遣切り、期間工切り、下請け業者に仕事がまわらなくなったため、精度の高い部品、その部品から製品を組み立てる技術が衰退する時代になりつつあるようで、ズノー・ペンタフレックスのような製品がメイド・イン・ジャパンになる怖さを感じている。

大阪万博、別名EXPO70のとき、会場のレイアウトを演出した故・岡本太郎がこの役職に選ばれた時の記者会見で、EXPO70のテーマだった「技術の進歩と調和」なんかあるものかと発言したことは有名だが、ニコンのカメラがズノー・ペンタフレックスのようなカメラしか製造できないメーカーにならないことを祈るのみである。
ものは作っていないと作る技術は衰えるもので、これから季節を向かえるチューリップは2000種あるそうだが、中世にチューリップバブル呼ばれるバブルがあった時代はこの倍ぐらい品種があったとゆわれているし、ステンドグラスの製造も16世紀のヨーロッパの技術水準に遠く及ばないとのこと。日本だと木版印刷技術がそうで、浮世絵の木版印刷の最高の技術があったのが江戸時代で、16刷刷りができたのだが、いまの印刷が出来る職人とゆうか技能保持者たちはまったく出来ないとのことである。

今回のズノー・ペンタフレックスのことを読んでいると、そんなことを思わずにはいられないのです。

投稿: ガタピシ | 2009年3月24日 (火) 18時04分

某写真機店でシャッターを切らせてもらいました.正直怖かったです.まあ何事も無く滑らかな作動を見せてくれましたが...今入手出来る個体は,当然検査をパスして出てきているのですし,たとえ故障があっても致命的でなく生き残っている訳ですから大丈夫なのでしょう.当時としては異例にデザインはあか抜けているし操作配置も良く,生産で躓いたのが残念な機種であります.

投稿: lensmania | 2009年3月27日 (金) 03時52分

たまたまこサイトに行き当たりました。ZUNOWは小学生の時会社が家の近くにあり写真に興味があった私には気になることでした。中学の同級生にお金持ちの子供がいて、ZUNOWペンタフレックスを持ってきたのには驚き、かつその端正なフォルムが圧倒的な存在感を放っていたことを今でも覚えています。
後年会社に赤旗が立ちまもなく倒産と聞いたことを覚えています。

いつか手に、と思っても極端に高価。お宝鑑定団で交換レンズ一式のものがなんと180万。希少性からしかたがないのかもしれませんが残念。
確かにほとんど全てが外注、当時品質管理が徹底していない時代だったでしょうが、それを調整という名人芸で組み立てたのかと思うと、苦労が目に浮かびます。しかしその先進的な設計は、ディザインと共に評価されてしかるべきです。私は世界中今まで、いやこれから出るであろう(分かるわけありませんが)一眼レフカメラの中でもっとも美しいカメラと思っています。

先日新宿高島屋でのクラッシックカメラ展に、レオタックスGがありました。技術的にはあまり見るべき点はないと思いますが、ディザインがこれも好きです。35mmレンジファインダー機、ライカ、ニコン、キヤノン、コンタックス・・・数多い中で何となく手触りのよい感じがして(手にすると実際そうです)、持ってみたくなるのです。

写真工業の貴重な記事ありがとうございました。

投稿: draco | 2011年9月 5日 (月) 22時55分

1930年(昭和5年)に設立された帝国光学研究所は、1954年(昭和29年)に帝国光学工業(株)となり、1956年(昭和31年)12月にズノー光学工業(株)に社名変更しますが、4年ほど後の1961年(昭和36年)1月には倒産し、ヤシカに買収されたとあります。
当時のズノー光学工業が持っていた技術の一部はヤシカに継承されたのでしょうね。

1958年(昭和33年)8月に発売されたズノーペンタフレックスは、世界で初めて完全自動絞りを備えた一眼レフカメラで華々しいデビューと共に歴史に名を残したカメラと言えるでしょう。
しかし、約1年後に登場したニコンFと比べると、品質や世界に与えた影響、獲得した名声などの面では対極にあるカメラだと思います。

投稿: MARK12 | 2011年9月 7日 (水) 20時51分

確かヤシカの最初の一眼レフはヤシカフレックスだったと思います。そのディザイン、とくにペンタプリズムカバーはズノーを彷彿とさせるもので、全体に雰囲気が似ていたと記憶しています。

設計が優れていても、物づくりの現場の技術が高くなければ・・・の実例でしょう。今の日本に当てはまらないよう、「巧みの技」継承を真剣に考えなければなりません。

投稿: draco | 2011年9月 8日 (木) 13時54分

先ほどヤシカ一眼レフをヤシかフレックスと記しましたが、ヤシカ ペンタマッチックの誤りでした。当時ニッカも買収していてそのフォーカルプレーンシャッターの技術を使ったともいわれています。すると、ズノー、ニッカ、ヤシカのコラボレートといえますね。

投稿: draco | 2011年9月 8日 (木) 14時26分

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