« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

ニコンF4オリジナルグッズ

ニコンオリジナルグッズの中で、限定で特定のカメラのネームなどを入れてシリーズ物として販売をしだしたのは、F4発売の頃からだと思っています。(このへん詳しくはありません、ご存知の方コメントください)
で、カタログによるとF4では「Now you the meaning of perfectio・The Age Nikon F4」といった以下のシリーズ物がありました。

1:カメラバッグ(L) 限定:200 ¥29,000
  カメラ(F4/F4S)を2台、レンズ数本とスピードライトが収納可能。

2:カメラバッグ(M) 限定:200 ¥18,000
  カメラ(F4/F4S)を1台、レンズ1~2本とスピードライトが収納
  可能。

3:レンズソフトポーチ
3.1(L) 限定:1,000 サイズ:250×80×80mm
      ¥6,000
3.2(M) 限定:2,000 サイズ:180×80×80mm
      ¥5,500
3.3(S) 限定:1,000 サイズ:135×80×80mm
      ¥5,000

4:ネームタッグ 限定:500 サイズ:72×196mm
  本牛革製で裏側に透明ポケット付き。 ¥3,000

5:ストラップ 限定:3,000 ¥4,000
  合成皮革製で NikonF4と刻印された肩パッドを使用。

また、これとは別にF4物ではデスクルーペ(オープンプライス)が有りました。
私は、F4やF5のこういったオリジナルグッズをほとんど持ってませんが、デスクルーペだけは安価に在庫セールで出ていたのを購入しました(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニッコール20mmF4

画像はニッコール20mmF4の仕様などを記したものです。
Ai20mmf4a

このレンズは1977年3月にAi化と共に出ましたがニューニッコールの時代から引き続いてますので、光学系は1974年11月に登場しています。
で、専用フードですが、ニューニッコールからAi化すぐまではねじ込み式のHN-14が指定されていましたが、*1いつ頃か分かりませんがHK-3カブセ式に変更されました。

HN-14もHK-3もニコンフィルターを1枚つけた状態でもケラレませんが、Aiニッコール20mmF3.5用HK-6を使用した場合、フィルターを付けますと僅かですがケラレてしまいますので注意が必要です。

*11978年のレンズカタログではHK-3となってましたので、おそらく発売後1年ほどでネジ込みからカブセ式になったのではないかと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

科学映像館 「科学の眼 ニコン」

科学映像館サイトには1966年10月製作のニコンFなどの製品製造を紹介した日本光学のPR映画があります。
科学の眼 ニコン」にリンクしていますので興味がある方はクリックしてみてください。
日本光学のPR映画は1956年5月に創られたのが最初で、当時はニコンS2型などが取り上げられていたそうで、これはその改訂版ということです。
その後も、1972年3月には「ニコンのできるまで」というPR映画が創られました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

修理可能なニコンカメラ

ニコンの一眼レフカメラで現在修理が可能なカメラは以下の機種があります。
F6 F5 F4 F100 F90X S/D F80 F70D F60D U2 US U PRONEA S

F3Limited F3チタン(黒) F3HP F3 FM3A NewFM2チタン NewFM2 FM10 FE10

D3 D2Xs D2X D2Hs D2H D1X D1H D300 D200 D100  D80 D70s D70 D60 D50 D40X D40

このほかに、ニコノスVやF3P、一部限定でニコンレンジファインダー機やF、F2など受け付けてもらえる場合があります。

補修用性能部品の保有期間は近年の高級機と言われているカメラはだいたい10年間程度あります、という事は、10年近く前に生産が終わったカメラは、そろそろ修理が危なくなってくる頃です。

ニコンF4は先日少し記しましたように、今年が完了年、ニコンNewFM2やF3、ニコノスVといった個人的に気になるカメラが2011年ですので、順次オーバーホールに出していこうと考えています。

*ニッコールクラブの会員ですと割引券が会報についてきます、これを利用すると2割引です。

ニコンF4は8月初旬に正式にはメンテを終了しましたが、可能な場合もありますので、希望される方は問い合わせてみてください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

Aiニッコール200mmF4

間違い探しです(笑)、下の画像に使われている3本のレンズはすべて200mmF4です。
しかしそれぞれ少しづつ違っています。何処が違っているのでしょうか?
200mmf4newaia
200mmf4aiprototypea


答えは、一番上がNew NikkorでAi仕様ではありません、次はそれをAi仕様に変えたもので外観では絞りリングとカニの爪が違います、また、距離環のローレットの山のピッチなどが違っています。
一番下のもAi仕様です、Ai-Sではありません、では、2番目の物と何処が違うのでしょうか?
実は、距離環のローレットが上2つは6列なのにこちらは7列になっています。

画像は上と中央が販促カタログのもの、その下のはニコンの世界に掲載されていたものです。
ニコンの世界にあるような7列の物を私は見たことがないのですが、このタイプをお持ちの方が居られましたらコメントいただけないでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニコンF2 EEコントロールアタッチメント モックアップ

ニコンF2発表時すでにキヤノンF1が出ていて、それには無人撮影などの自動撮影を意識したサーボEEファインダーというものが発表されていました。
ニコンF2もそれに対抗していた訳ではないのかもしれませんが、同じようなコンセプトで自動撮影を行う為?のDP-2とDS-1、EEコントロールアタッチメントとフォトミックSがF2発表時に公表されていました。(その前にはニコンFに付けたオートフォーカスレンズ80mmF4.5もシカゴのフォトエクスポで発表しています。)
しかし、内情は開発が間に合ってなく、カタログには急遽モックアップが掲載されたということらしいです。
下の画像はそのモックアップですが、これも初版(上)と第2版(下)でモックアップも進化してきています。絞りリングとのカップリングやF5.6付近でのクリックキャンセル機構などは有りませんが、下の2版の物は製品版に近くなっているのが判ると思います。
F2ee1a
F2ee2a

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ニコンEMシステム

海外では1979年に、日本では1980年に出たニコンEMですが、絞り優先のAE(自動露出)と1/90、バルブのみという割り切った普及モデルではありましたが、モータードライブMD-Eや専用のスピードライトSB-E、ニコンレンズシリーズEという交換レンズのラインアップなどこれらだけでも一般撮影にはほぼ充分といえるシステム構成でした。
この中で、割合知られてないEM用アクセサリーにギャゼットバッグFB-Eが有りました。

これは今までの日本光学の革や合成皮革のギャゼットバッグとは違い、ポリ製のクーラーボックスのような造りのバッグでした。

Fbe
蓋の裏側にはクッションのスポンジが付いていて、内部には標準レンズクラス付きカメラ本体の収まるスペースと、発砲スチロール製のレンズ立てのような100mmクラスレンズが2本入れられる容器?のスペースなどがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拡大分解専用レンズ アポ・エル・ニッコール

下の画像はアポ・エル・ニッコールのカタログ部分です。
A

従来エル・ニッコールで得ていた拡大印刷版より高性能な版の求めに対応する為に開発されたとあります。
エルニッコールの105mmF5.6はベローズアタッチメントに付けて撮影に使った事がありました。
その解像度も満足いくものだったのですが、こちらはスペック的にもかなり良い印象ですので、是非使ってみたいと思っています。
しかし、今のところ出会いが無く、いつか手に入れたいレンズの1つですが、当時の価格は、エルニッコール105mmF5.6が23000円だったのに比べ、こちらは9倍の207000円ですので、出てきても、案外と高価で買えないかもしれないなぁ。

このカタログには有りませんが、アポエルの300mmF5.6や480mmF5.6は昭和48年に出ました、こちらはEDレンズを使った初期のほうの物でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

X線間接撮影用カメラ

日本光学工業製の高速レンズとして古くから一部のコレクター等に知られている物に10cmF1.5のレグノ・ニッコールがあります。
その先祖には昭和12年ころ製造された6cmF0.85の16ミリシネ用レントゲン写真機用という超が付く高速レンズもあり、以前に少し紹介しました。
下の画像のように、レグノ・ニッコールは*1中判の6×6ロールフィルムとシートフィルムパック用のボディがあったようです。
A(四十年史562ページより)


*1同様の6×6判ボディを持つ日本光学市販カメラには全天カメラがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カタログデータ

ニコンに限った事ではないのかもしれませんが、カメラやレンズのカタログの仕様の数値が初期の頃と後期の物で変わっていることがあります。*(これは取り説にもいえます。)
これはカタログを作成する段階では試作品などからデータを取り、それを掲載する場合が多い為で、後に量産品でデータを見直し、その後のカタログでは、そちらに改められるからそうなると説明を受けました。
この試作品から量産品への見直しでデータ数値などが変わる場合でも、仕様変更に伴う場合は分かりやすいのですが、そうでない場合もあって、一斉に見直しが行われたのか、突然いくつかのデータが変わる場合もあるようです。


少々古いデータですが、ニッコールレンズの重量が変わっているのが分かると思います。

A
望遠レンズでは100グラムほど重量が増えていたりします。広角レンズでも5グラムほど変わっているものがありますね。(上1998/2/25版、下1998/12/25版)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

135mmF3.5

ニコンFマウントのレンズで最も早い時期から出されていた自動絞り交換レンズの1つに135mmF3.5がありました。
このレンズは都合2回の光学系変更がなされAi-S化されて1980年代終わり頃まで発売されていました。

135mmは当初はS系の光学系を持ったF値3.5の物のみでしたが、後にF2.8と2/3段明るいレンズが出て、さらにF2.0の大口径レンズまで揃った頃はこのF3.5レンズは最も安価な小型軽量望遠レンズという位置付けとなりました。


1959年の初めのレンズは3群4枚構成で最短1.5メートル、1969年5月に出た新型は同構成で最短1.5メートル最小絞りが22から32へ、これが出た際パッケージにも「New」の赤い文字が追加され旧製品との識別をしやすくなってました。これはマルチコート化され更にニューニッコールまで続きました。Ai化された時に出た物は更に光学系が見直され、4群4枚構成で最短1.3メートルとなり、フードも組み込み、軽量コンパクト化も進みました。
画像は最終モデルの仕様などです。
135mmf35aisa

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ズームニッコールED360~1200mmF11

1976年2月に発売されたこのレンズは1200mmの超望遠域まで使えるズームで、その前年から本格的に導入が始まったEDレンズを採用し、赤外域まで補正されていました。
価格は1000000円で受注生産品でしたが、オリンピックイヤーでもあり、発表当初は入手までにそれほど待たされ無かったと聞いてます。
Newzoomnikkor3601200f11a


| | コメント (2) | トラックバック (0)

ニコンF4の仕上げ

ニコンF一桁機では外装の主な部分を唯一エンプラ素材となっているニコンF4ですが、これは使い込むうちに、随分と艶というかてかりが出てきます。しかし、それとは別に、新品で製造時期によっても仕上げ面の艶というかざらつき感が結構違うように思っています。
それは、塗膜の硬度や付着性(密着力)の改良をしていた為のようで、ただし、それでも艶というか仕上げの管理は初期モデルからほぼ同じになるように管理されていたようです。
具体的には、F4の場合、外観は黒色の4分艶と呼ばれるもので、ある規定の角度と光量で光を当てその反射率で管理していたそうです。

それにしても、今はF4、F5はとても買い易い値札がついていますねぇ・・・・

| | コメント (3) | トラックバック (0)

コンパクトデジタルカメラのマクロ撮影倍率

フィルムカメラ、35ミリ判のマクロ撮影などを例にとれば、1/2倍とか等倍撮影というのは、フィルム画面24×36mmの範囲に24×36mmの範囲を写しこめると等倍、48×72mmだと1/2倍などと分かりやすいのですが、デジカメの場合、そういった定義?は不勉強で聞かないです。

まあ、今のニコンのデジイチの撮像素子のDXフォーマットサイズやFXフォーマットサイズと同じ範囲を写しこめば等倍として、フィルムカメラでの画面サイズと同じような考え方で良いとは思っています。

しかし、撮像素子の小さなコンパクトデジカメではそれもちょっと無理があるように思っています。
本来は、一般に公表してないCCDやCMSOなどのセンサーのパラメーターも考慮しないといけないのかもしれません。で、私は、そういった難しい話は苦手なので(汗)、勝手に、コンパクトデジカメでも、ほぼ35ミリ判サイズ相当を画面いっぱいに写しこめば、(35ミリ判)等倍相当、48×72ミリに近い範囲ならば1/2倍相当と勝手に決めてやっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マイクロニッコールPオート55mmF3.5

以前に自動絞り補正機構付きのマイクロニッコールオート55mmF3.5を紹介しました。
マイクロニッコールオート55mmF3.5はTTL測光では無い場合には非常に便利な訳ですが、TTL測光の場合、撮影倍率に応じ下の説明のように指示値より絞り込んでやる必要がありました。
A(ニコンフォトミックFTnファインダー使用説明書より)

TTL測光になって、開放測光が可能になると、この機構は返って「余計なお世話」状態になってしまいました。
そこで、この機構を取り去りマイナーチェンジした物がマイクロニッコールPオート55mmF3.5という訳です。
これは1970年4月に発売し、その後マルチコート化され、更にAi化後も同レンズ構成で売られ続けましたが、開放F値2.8の新モデルが1980年2月に出て、プリセット時代から数えて18年以上も続いた名レンズも終止符を打ちました。
Micronikkorp_auto55mmf35a

このレンズの外観上の特徴に、この頃通常良くみられたオートレンズの距離環のデザインではなく、135mmF2.8や180mmF2.8のレンズと同様のヤスリ目状の距離環デザインとなっている事です。
想像ですが、自動絞り補正機構付きの旧レンズとの区別を容易にする為に意匠上このようにしたのではないかと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

変倍式距離計ファインダー

下の画像はニコン物語270ページに掲載されていた変倍式距離計ファインダーの試作オーダー品の図面です。
A
これが出図された時期が昭和26年12月で、この頃2年たらずの間は変倍ファインダーの開発に集中したのではないかという記述がニコン物語に見られます。
図の画面サイズ(フレーム)を見ますと35×24mmで、なるほど、時期が昭和26年では、まだニコンS型が現行品でした。
では、なぜ次期のニコンS2型にこれら試作がされた変倍式のファインダーが採用されなかったのでしょう?
「この頃の試作品は視野率は95%でまずまずだが、視界を示す境界線がボケて見難く、繰り返された試作での再三の設計の改良でも芳しい結果を見ることが出来なかった」という内容の文がありました。
また、この図の時はファインダー部分のみの試作だったようですが、その次のオーダーではカメラの試作となり、シャッター機構など着々と改良が進んだが、ファインダーの問題は解決しなかったとのことです。
他にそれらに伴う重量や、セルフタイマー機構に難点があった事が試作報告に記されていたとありましたので、結果見送られたということでしょうか。
もし、当時この変倍ファインダーが問題無く完成していたら、35mmから135mmまでの変倍ファインダー組み込みのニコンS2型が出て、ライカM3と肩を並べるカメラになっていたかもしれませんね。
しかし、実用になる変倍ファインダーを持ったニコンは結局登場せず、ニコンSP-2型も試作で終わってしまったのが残念です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ニコン」

下の画像は、古いニコンカメラの耐久性・信頼性の高さを広告したものです。
19642a(写真工業1964年2月号より)
広告の中で一番大きな文字で「ニコン」と記してあります。
この頃は、まだ、「ニコン」といえば日本光学工業株式会社のカメラ(広義)を示すものでした。
それが、日本光学製品が多方面で使われ広く認知されるようになり、いつしか日本光学製品の多くに「ニコン」が使われるようになりました。
おおよそ1964年の10月以前の広告の日本光学社名の前に光学マーク(旧社標)が使われていたのが、それ以降は長円形の中にNikonのマークに切り替わりました、それに伴い積極的に「ニコン」をアピールするようになったと感じています。
70年代に「カメラはニコン、メガネもニコン」といったフレーズをカメラなどの広告ページの隅などに使っていましたので、ご存知の方も居られるかと思います。
また、70年代には双眼鏡や顕微鏡のマークも光学マークからNikonへと順次切り替わってニコン色が強くなっていったように思います。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

DXコード

前回のDX-1とDX繋がりという訳では無いのですが、今回は今では当たり前になったDXコードについての小ネタです。
これは1983年3月にコダックが始めた35ミリロールフィルムの電子読み取りコードで、同年4月に発売されたコダカラーVR1000から採用されました。
ニコンではこれに対応した一眼レフカメラはF-301と501が最初でした。

DXコードはパトローネの銀/黒のCASと呼ばれる市松模でカメラ側自動感知をする為のコードという認識の方が多いかと思います。(CASではフィルム感度と撮影枚数、フィルムラチチュードの情報をカメラに与えます。)
しかし、それだけではなく、下の画像のように4つのコード情報と裏蓋の窓から読み取りできるようにしたフィルム種別文字を総合してDXコードということらしいです。
Dx_2写真工業1983年5月号より

このDXコードは、後にすべてのフィルムメーカーに浸透しました。
写真工業1983年5月号に紹介記事がでています、詳しくはこちらを参照してください。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

DX-1展開図

下の画像はニコンF3用AFファインダーDX-1の修理指針にある展開図です。
Dx1a


図のB117はレンズ側(カメラ本体側)との接点部分なのですが、見るとリード線が5本しか出ていません。
接点用のミゾは7箇所分ありますが、電気接点として5箇所しか金属が入ってないのがDX-1の外観を見ても判断できます。
一応この接点ですが、本体マウント側から見て左より順に Vcc(3ボルト)、距離制御信号用,
最短から無限への焦点信号用、無限から最短への焦点信号用、空き、GND、GNDと6接点なっています。
これはレンズ側を見ても同じです。(4:2に接点が分かれていて、その2つになっている方がGNDです。)
レンズ側や本体マウント部とDX-1では数が合いませんが、レンズ部などの2つのGNDはファインダー側からは1つしか出てませんので実質1つとなるようです。

また、外部接続用コネクタB139もリード線が5本でています。
こちらはちゃんと5つのピンで数はあっています。
参考までにこちらのピンアサインも記します。
コネクタの一番下に来るピンがGND、それから時計回りで次がフォーカス制限信号、合焦信号、最短から無限への焦点信号、無限から最短への焦点信号となっています。

AF-SもVRも距離情報も利用してない、初期のシンプルさが、20数年の年月を感じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

初期の天体望遠鏡(民生用)

画像は四十年史に載っていた戦前に出ていた一般向けと思われる天体望遠鏡の姿と仕様表です。
詳しい事は記されていませんが画像のとおり経緯台で接眼レンズはハイゲン型の7粍、9粍、12.5粍、18粍、25粍の5種と22粍の地上用が用意されていたとあります。他に10センチ(4吋)のものには口径25粍、倍率10倍、視界50度のファインダーが付属していたそうです。(106図C参照)
A
日本光学工業設立当初から2吋と3吋の望遠鏡が作られていたそうですが、上の画像の物がそれにあたるかは分かりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

28mmネジ径リング

私は、いろいろとニコンカメラを触っていますが、何やかやと言ってもやはりニコンF2が好きなようで(笑)、結構ニコンF2に合体ロボ宜しくゴチャゴチャとアクセサリーを付けた物で遊んでいたりします。
その中でもDS-1や2、12といったEEコントロールアタッチメントを付けたF2での使用頻度が高いのです。
で、悩みはオリジナル電池DN-1がもう使えず、バッテリーをいろいろ試行錯誤しながら安価且つ簡便に長時間持つ容量の多い電池などの組み合わせを考え使って見たりしましたが、今のところ、簡単で長時間、と言っても容量的にはオリジナルDN-1の3倍弱程度ですが、使えるのは16340というリチウムイオン電池を使うという結論になりました。

ただし、これは径が細いので厚紙を巻いたカラーを嵌め、電池もオリジナルに比べ長いのでキャップ(もしくは電池収納部分)を延長してやる必要があります。また、キャップを延長した場合の導通も確保してやる必要があります。
キャップの延長は数ミリで良いので、28ミリのフィルター枠2段重ねやステップアップリング+ステップダウンリングを使うなどそれぞれ工夫してやればOKです。*フィルター枠の場合、DS本体の電池蓋との干渉に気を付けてください。タイトルの28mmネジ径リングとはこのことを示しています。
また、導通は真鍮などの薄板を曲げて(電池ボックスの接点に使っている物などを流用、説明はし難いのですが、実物合わせで割合難しくはありません)テープなどで固定してやれば良いです。

私の場合、これで数時間飽きるまで動かし続けましたが、問題なく使い続けられました。
ただし、これの欠点は電池ボックスが数ミリ延長されますので、レンズによっては、ピントリングを回す際、若干邪魔に感じることです。

このように28ミリ径リングをいくつか延長してやることで電池の長さの違いに対応できますのでいろいろと試す事ができると考えています。
他に何か良い案やバッテリーなど有りましたら紹介してください。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

バッテリーホルダーMS型番

バッテリーホルダーの型番はモータードライブのバッテリーケース用ホルダーや、スピードライト用バッテリーホルダーのほか、デジカメのマルチパワーバッテリーパックなどいろいろなアクセサリーに付けられていて分かりにくいと思っています。
自分の中で整理する意味合いも含め、一応分かるだけMS型番を列記します。

*(型番なし):単3ホルダーSB-2/3及びニコンF高速モーターバッテリーケース用
MS-1:単3ホルダーMB-1用(F2)
MS-2:単3ホルダーMB-2(F2)、SB-7/8/10用
MS-3:単3ホルダーMD-4用(F3)
MS-4:単3ホルダーMD14/15用(FG/FA)
MS-5:単3ホルダーSB-16/103
MS-6:単3ホルダーSB-15/17/21
MS-7:単3ホルダーF801系
MS-8:単3ホルダーF90系
*(型番なし):MB-4用(F-301/501)単4ホルダー
*(型番なし):MD-12用単3ホルダー
MS-10:MB-10用単3ホルダー(F90X系)
MS-11:MB-10用リチウムホルダー(F90X系)
MS-12:単3ホルダー (F100)
MS-13:リチウム電池ホルダー(F100)
MS-15:MB-15用単3ホルダー(F100)
MS-16:MB-16用単3ホルダー(F80)
MS-17:MB-17用単3ホルダー(U)
MS-18:MB-18用単3ホルダー(U2)
MS-21:単3ホルダーMB-21用(F4)
MS-23:単3ホルダーMB-23用(F4)
MS-30:単3ホルダー(F5)
MS-40:単3ホルダー(F6)
MS-41:リチウム電池ホルダー(F6)
MS-D70:CR2ホルダー(D70系)
MS-D100:単3ホルダーMB-D100用(D100)
MS-D200:単3ホルダーMB-D80(D80)/MB-D200(D200)
MS-D10:MB-D10用単3ホルダー(D300)
MS-D10EN:MB-D10用EN-EL3aホルダー(D300)

MS-2とMS-6は形状がほぼ同じで互換性があります。

間違いや抜けなどの指摘をいただけますと助かります。
* take9さん補足有難う御座いました。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

当て革

Photo
上の画像は何だと思いますか?
1970年代半ば過ぎまでのニコンカメラに使われていた物です。

実は、カメラ本体とストラップ金具が接触して本体にキズが付くのを防ぐ為の革なのです。
正式名?は部品表によると「当て革」で当初は本革が使われていましたが、70年代半ば頃から合成皮革へと変更になりました。

その後下の画像のような合成樹脂製の物になり、名称も「三角環保護カバー」となりました。(部品表より)
これはアイレットに三角環を通したあと、三角環の中にはめ込むタイプでした。
A
これも取り付けの利便性や効果向上の為の変更があり、下のような形状へと変わりました。
こちらは本体へ三角環を付けた後、環の外に一部を被せるタイプです。
B
皆さんのニコンカメラにもこれらが使われていると思います。
私がはじめてこの三角環と本体への保護の類で当て革を使い出したのはニコンF2でした。
確認していませんが、日本光学が本格的に採用しだしたのが、このF2からだったように思います。
この当て革はニコンF2本体に付属していたのか、CF-1に付属していたのかちょっと思い出せないのですが、私の場合、使い出した当時、F2本体にCF-1を付けて使用していましたので、本体へのストラップ取り付けは必須で、この当て革はとても良く考えられていると思ったものでした。(CF-1に革ストラップAN-1が付属していたのは覚えています)
また、当て革が本革から合成皮革へと変わった理由ですが、革のケバ立ち防止の為の措置という事です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メディカルニッコール120mmF4(IF)の特徴

それまでのメディカルニッコール200mmF5.6とは違い、撮影倍率を1/11から等倍(付属専用アタッチメントレンズ使用時は0.8~2倍)まで連続可変で自由に撮影倍率を変える事ができろようになりました。

電源部のAC用LA-2及びDC用LD-2とも先の200mm用のLA-1やLD-1よりコンパクトになり、使い勝手が向上しました。(先のモデルとの互換性はありません)

ピント合わせは内焦方式となってます、鏡胴繰り出しによるバランスの崩れがありません。

タイマー式のモデリングランプを装備、現在ならLEDとなるでしょうが、発売当時は白色LEDはありませんでしたので、12ボルト豆球による照明でした、予備の豆球が付属していました。

フィルム画面右下に撮影倍率を写しこむことができます。(アタッチメントレンズ使用時もOK)
その際ファインダー内にも表示されます、これはレディライトとしても機能しています。

直列制御方式とGN方式の併用による近接撮影の調光を行っています。
その為、フィルム感度をセットしピントを合わせるだけで、簡単に適正露光が得られます。
しかし、調光機能を利用せず、カメラ側での露出計を利用する場合は、絞り込みによる実絞りでの測光になりますので、絞込み測光が出来ない機種では、カメラ側の露出計を利用できません。(絞り環はありません)

倍率及び距離目盛リングの距離表示はメートルのみとなっています、フィート目盛りを利用する場合は付属のFt目盛りテープを使う事になります。

仕様は以前の書き込み時の画像を参考にしてください

| | コメント (0) | トラックバック (0)

魚眼レンズの話

下の画像はニッコールレンズ販促資料の魚眼レンズに関する簡単な解説部分です。
簡単明瞭に記されてとても理解しやすいので紹介させていただきました。
この頃は既に正射影のOPフィッシュアイニッコール10mmF5.6がディスコンになってしまったので、この解説には出てこないのが残念です。
因みにOPフィッシュアイですが、1968年に発売されてから20FL10という製品オーダーで10数年間マイナーチェンジされる事なく販売された長寿レンズの1つでもありました。
A


| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニコノスIV-AのTTL

以前にニコノスIV-Aの技術資料を紹介しましたので詳しくはそちらに譲りますが、今回は、ニコノスIV-A販促カタログのTTL測光を解説した部分の画像を掲載します。
Nikonos4attla
IV-AのTTLは特許の関係でダイレクト測光が使えず、また同様の理由でシャッター幕前にTTL測光用の板を配しなければなりませんでした。
このカタログページには記載がありませんが、UW-ニッコール15mmF2.8はレンズ後端部がTTL反射板近くまで伸びていますのでTTL測光はできません。

ニコノスIV-Aはオート専用で、メカニカルはM90のみですので、言うなれば、オールウェザー版ニコンEMといったところで、後継機のニコノスVはマニュアル露出やTTL調光が付いて、オールウェザー版ニコンFGとなるでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

MD-11

ニコンSLR用モータードライブとして(ワインダーは除く)は、F一桁機以外対応として初のモータードライブで、当初の販促資料には、「FM専用」といった文言もみられました。型番の桁もF一桁機と区別され、二桁台の数字が充てがわれMD-11となりました。
Md11a

以前にMD-11とMD-12の違いを記しましたが、その中にあるように、設計思想がMD-3に近いものでした。しかし、比較的短命に終わり、2年半ほどで姿を消してMD-12へとバトンタッチすることになりました。

上の画像には、MDにピストルグリップ2型を付けた物があります、何かバランスが悪く、保持が大変そうに見えてしまいます。
このカメラに限らず、ピストルグリップを付けたカメラ(付ける場所がMDやレンズの場合でも)って、私は苦手で、実使用は3度ほどしかありませんでした。使いやすそうな印象で買うのですが、実際に使ってみるとそうでもなかった物の1つです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

潜望式パノラマ写真機

日本光学にはかつて360度の景色を写しこむことができるパノラマ写真機が存在しました。
しかし、軍用の為、これも一般にはほとんど知られていません。
Photo
(四十年史より)
画像のようにミラーにより90度光路を曲げ、その縦筒の中に70cmF7の望遠レンズが組み込まれていました。
撮影される写真は幅が13cm、長さが450cmの連続したものでした。
本体の下部にはモーターが内蔵され、これにより上部の縦筒が回転し、下部のフィルム部は回転速度に同調して送られ、露出はスリットの幅を調節していたとのことです。
スリット式のため、回転部のがたつきで画像がボケてしまう為、当初はギヤ加工などの工作精度を出すのに苦労したようです。
また、別に専用付属品として、現像・焼付け機があったそうです。

昭和14年に2台ほど製造され、あのノモンハン事件の際、このカメラが活用されたと四十年史にありましたが、ノモンハン事件は昭和14年の初夏に起こり、全滅の危機に瀕し撤退したのが初秋ですので、この写真機は作られてすぐに戦地へ運び込まれたという事になると思われます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Fマウントニッコール50mmF1.8

ニッコール50mmF1.8はかつてニコンマウントの試作品(1948年2月)がありました、意外ですが、それ以来、永らく50mmの標準レンズでF値1.8のレンズは出ていませんでした。その理由の1つにF2のレンズの出来が良かった事が考えられます。
その次に出たのは1978年3月のAiニッコールでなんと30年もあとになります。
で、このレンズは以前少し紹介しましたように海外向けにはAi-S化され、ちゃんとカニの爪も付いてました。
国内は薄型で、爪はなかったのですが、実は、私は、海外向けと国内向けのレンズ構成は同じで、鏡胴の設計のみ替えたものとばかり思っていました。
しかし、下の画像のように、レンズ構成も違っていたんです。じっくり見比べる事をしなかったので気がつかなかったのでした。
Ai50mmf18a
Ais50f18a

| | コメント (0) | トラックバック (0)

戦前・戦中の日本光学製F値1.0以下の高速レンズ

戦時中は軍の要請によりコストを考えない?製品がいくつも作られていたそうです。
それに当てはまるのか分かりませんが、かつて日本光学製レンズの中には16ミリシネ用レントゲン写真機用6糎F0.85(昭和12年横須賀海軍航空廠医務部受注)とか、ノクトビジョン用シュミットレンズとして17糎F0.85(昭和19年9月出図・完成、画角12度)といった大口径高速レンズが存在しました。
この他に写真レンズとして昭和13年9月設計完了の3糎F1.0レンズがあり、これは、小さな光源を1/3に縮小し、且つ鮮鋭な光点を得る目的に使用する電送写真用のもので、5枚構成レンズで造ってあったそうです。

下の画像は6cmF0.85レンズの構成図です。
6cmF0.85のレンズは「製品の1台は名古屋医大その他へ貸し出され、明るい珍しいレンズとして人気を博した。」と四十年史に記載がありましたが、性能に関する記載は見られませんでした。
6cmf085xa (四十年史より)

17cmF0.85のレンズは有効口径が200mm以上になり、画角12度といえば、35ミリ判では200mmの望遠レンズに相当します、写真機用ではないので、収差なども多少多く残ってはいたでしょうが、一度は覗いてみたかったレンズです。
しかし、光学兵器として生まれた物は、当然当時は公開されていませんでしたし、これらのレンズに、NIKKORの銘が入っていたのかも分かりませんが、ほとんど現存していないでしょうから、まさしく幻のレンズですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニコンS、S2時代のシャッターテスター

ニコンカメラもS型時代にはそれまでの数年間の物より格段に信頼性があがり、ニューヨークタイムズに掲載されるほどの評判になりました事はご存知のとおりです。
その信頼性向上には製品の組み立て技術や、部品精度の向上、検査技術の向上が必然でした。
四十年史の中にある、ニコンカメラの検査に関する記事、特にシャッターテスターに関する部分を紹介します。1a
2a
シャッター試験機も効率化や精度を求めていろいろな物が開発、使われていたことが分かります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »