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満州光学

皆さんは満州光学工業株式会社をご存知でしょうか?おそらくニコンの社員の方でも大方は知らないと思います。
大雑把には、満州工学は満州に有った日本光学といったようなイメージで良いとおもいます。

50年史によりますと、日本光学は昭和12年陸軍より満州国に光学工場建設の指令を受けたとあります。
現地に担当役員を派遣し、関東軍との協議により、独立した現地法人を作る事を決定、それが満州光学でした。

昭和13年6月16日の同年2回目の発起人総会により満州光学工業株式会社が設立され、発起人も新会社の役員も全て日本光学の重役または部長で占められ、出資も全額日本光学であったと記されています。
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会社設立後は昭和13年10月操業を目指し工場建設に取り掛かったが満州現地での作業者の能率が悪く、物資の現地調達も集まらず、内地から輸送し、まがりなりにも操業が開始されたのは昭和15年5月と大幅に遅れたとあります。

当初はオリオン6倍双眼鏡の製造と関東軍からの修理が相当数有りそれらが主な事業でしたが、満州人の作業能率は極めて悪く、旧正月や節句などは10日も15日も欠勤する始末でなかなか成績を上げることは困難だったようです。

昭和19年から20年にかけては米軍の空襲に備えて工場の疎開が必要になり、満州人の寮に機械工場の一部を移転したが、戦局の劣勢が明確になった事による動揺で現地人の欠勤が急増しました。軍の斡旋による挺身隊の導入も効果は薄く、そんな折にソ連軍の進行もあり、事態は急変、8月15日の終戦と共に工場の物資は全てソ連軍により持ち去られ7年の短い期間で満州光学工業株式会社は消滅し、一切の努力は水泡に帰したと言う事です。

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コメント

初めまして。
私の祖父(1908年生まれ)が昭和18年の時、日本工学本社より満州工学に派遣されたという記録がありました。こちらのブログで詳しく知ることができて感謝いたします。

投稿: | 2015年8月15日 (土) 22時46分

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